師走二十日も過ぎ、今年も残すところ五日余り。 年を越し、良い正月を迎えるための最後のひとがんばりと、人々はそれぞれに忙しく働いている。 ところが、その様な忙しさとはまるで無縁の連中が、とある町外れの廃寺にいた。 異様な一団である。 男ばかりのその一団は皆、坊主頭で、色は違うが揃いの装束を着ている。もっとも、どの男もまるまると肥えているため、上着は余り意味を為していない。むちむちとした腕も出っ張った腹も、ほぼむき出しになっている。 特に、一団の中央にででんと座っている男の体型は「太っている」とか「肥えている」とかいう域ではない。太っている上に、でかい。文字通り「小山のような」男である。 男の名はアースクェイク。この日の本の国の響きではない名が示す通り、異人である。しかもただの異人ではない。盗賊だ。アースクェイクは日本の遙か東、アメリカ大陸から海を越え、この小さな島国まで子分達を連れてはるばるやってきた。 目的は、『黄金の国』の二つ名を持つ日本にある財宝、そして『ニンジュツ』という技術。 「今日も詫びしいっすねぇ、親分」 握り飯を頬張りながら、子分の一人がぼやいた。 彼らの前にある食料は、決して少なくはない。メニューは子分達が作った握り飯、味噌汁、蒸かした芋に焼いた鳥、猪の肉。豪勢といってもいい。量も普通の人間なら、五人が日に三食食べても五日は保つだけはある。 だが、アースクェイク達の一食には足りないのだ。腹八分どころか、五分までもいかないのだ。 アースクェイク一党の食事が(彼らの基準で)侘びしいのには理由がある。 最近、稼ぎがないのだ。 日本は黄金の国だとか聞いたからこそ、アースクェイク達ははるばるアメリカはテキサスからやってきた。しかし、日本はしけた国であった。もちろんお宝はあるところにはあるが、この国に来た甲斐があった、というほどではない。それにだいたいにおいて、そんなところのお宝は手に入れるのにはなはだ手間がかかる。宝を手に入れ放題の国だ思ったから来たのにそれでは、肩すかしも良いところである。 この国に来たもう一つの目的、『ニンジュツ』の修得が楽に果たせたことは、幸運だったのだが。 ――そろそろ、テキサスに帰る頃合いか……いつまでもここにいても、仕方ねえ。 鳥の丸焼きにかぶりつきながら、アースクェイクは今後の算段を始めた。本来ならもっと早くにし始めた方が良かったのであるが、面倒だからとついつい先送りにしていたのである。しかし、食事の量に問題が出てきた以上、ぐずぐずしてはいられない。 どこから船に乗るか、密航にするか、正規の手段での乗船にするか――食べる手を休めることなくアースクェイクはこの国を出る方針を決めていく。正規の手段の方が後々面倒がないが、子分を連れてだと路銀が心許ない。一回か二回、仕事をしておかねばならないだろう。面倒だが、密航の手間暇や苦痛を考えれば、やるしかあるまい。 「……グヒィ」 大きな口から息を漏らし、アースクェイクがおおよその算段をつけ終わったとき、 「あれ?」 子分の一人が声を上げた。 「どうした」 「いや、今、変な音が……ちょいと見てきやすね」 そう言うと子分は立ち上がり、廃寺の奥に鎮座ましまししている本尊―汚れ、朽ちた「観音菩薩」の木像ようだ―に歩み寄る。何とはなしにアースクェイクも、他の子分もその姿を目で追った。 子分はしばらく本尊の周囲をうろついていたが、不意にその裏へ回った。 「何か、いたんでしょうかね?」 「グヒ、さぁな」 はぐ、と鳥の丸焼き(三つ目)をアースクェイクが首を捻ったと同時に、子分が本尊の裏から姿を現した。子分一人ではない。一緒に現れた者がいる。 「親分、こいつが隠れてやした」 「……ちっ、ガキか」 めんどくさそうに舌打ちするアースの前に、子分が連れてきたのは男の子供だった。 年は十歳ぐらいだろうか。栗色の着物を着ている。足は裸足だ。本尊の裏は寒かったのか、頬と鼻の頭が真っ赤になっていた。 子供は黒い丸い目に好奇心の色を浮かべ、しげしげとアースクェイクを見ている。巨漢ばかりのところに連れられてきたというのに、恐れた様子はない。 「おいガキ、お前、ここで何を……」 やれやれと思いながらも、しゃぶっていた鳥の骨をぽいと投げ捨て、アースクェイクは子供に声をかけた。おにぎりに手を伸ばすことも忘れない。 「大黒さん?」 「グヒ?」 子供の口から出た言葉に、アースクェイクは首を捻る。だがお構いなしに、なんと子供はアースクェイクを指さすと、 「恵比寿さん?」 更に言った。 「はあぁ?」 「布袋さん!」 更に更に言うと、何か得心したように子供は頷く。 「……親分、このガキ何言ってるんすか?」 一様にきょとんとした顔で子供とアースクェイクを見ていた子分どもが、声を潜めて尋ねる。 「七福神だよ。ほれ、お前も見たことあんだろ? 船に七人乗ってる奴」 「あぁ、へぇ、このガキ、親分を神様だと思ってんですか」 「神様と思われるなんて、さすが親分っす」 「…………」 のんきな子分どもに、アースクェイクは苦虫をかみつぶしたような顔をした。 ――なんでビシャモンテンって言わねぇんだよ。 思いつつも、子供がそう言わない理由は、本人にはよくわかっている。 子供が上げた神は、皆、恰幅がいいのだ。福々しく、お太りあそばされている。スマートな毘沙門天よりも、ずっとこちらの方がアースクェイクのイメージに近い。 そうわかってはいても、いや、わかっているからこそ腹が立つ。アースクェイクとて、自分を格好良く見られたいお年頃なのだ。 「……うぅ……」 アースクェイクが心中で憤慨している間に、子供がへたり込んだ。 「グヒ?」 「……布袋さんのおいちゃん」 腹を押さえ、子供はアースクェイクを見上げる。 「おいちゃんじゃねぇ、お兄さんと言え」 「お兄さん……」 弱々しく子供は繰り返す。何処か納得していない様子であるが、アースクェイクは気にしないことにした。 「グヒ。何だ」 「……お腹すいた……」 確かに、力なく言う子供の腹の辺りから、ぐー、きゅるるるるる、となかなかに元気な音がする 「あぁ、これこれ、おいらが聞いたのもこの音っす」 子供を連れ出した子分が、思い出したように手を打った。その手の握り飯を子供がじーっと見る。半開きになった口から、てれ、とよだれがこぼれる。 「……グヒ……」 アースクェイクは自分の手に持った握り飯(もちろん、ずっとアースクェイクは食べ続けていた)を口の中に放り込む。子供の目がそれを追い、アースクェイクが握り飯を飲み込むまでじーーっっと見つめる。半ば、睨み付けるような眼差しは少し潤んでいるようだ。 「グヒッ」 アースクェイクは溜息ともげっぷともつかない息を洩らすと、 「握り飯でも、わけてやれ」 子分達にそう命じた。 親切心などではない。泣かれるとうるさいし、追い出すのも何とはなく気が引ける。アースクェイクは悪党だが、こんな子供を殺すほど非情でもない。 「へい、親分。 ほれ、食いな」 頷いて、子供に握り飯を渡したのは、最初に子供に気づいた子分だ。そういえばこいつは妙に人が良いところがあったな、等と思いながら、アースクェイクは四羽めの鳥に手を出した。 「ありがとう、布袋さんのおいちゃん!」 「おいちゃんじゃねぇって言ったろうが、お兄さんだ、お兄さん」 丸焼きを食いちぎりながらアースクェイクが言うのも、もう子供は聞いていない。握り飯を持った自分の手にまでかぶりつきそうな勢いで、食べている。 「そんなに慌てて食ったら喉につまるぜ。ほい水」 「まだまだ食っていいからな」 ――おいおい…… 最初の子分だけではなく、他の子分達まで子供に食い物を勧め始めるのに、再びアースクェイクは顔をしかめた。 「おめえら待て。ただでそれ以上やるんじゃねぇ」 「ええっ」 ――ええっ、じゃねえだろうが…… 腹の内でぼやくが、子分達はそろいも揃って非難の目をアースクェイクに向ける。その向こうで、子供は無心に握り飯を食べている。 ――俺一人が悪いのかよっ。 なんだかいたたまれない気分になってきて、それを振り切ろうとアースクェイクは大きく声を上げた。 「お、俺達は盗賊だぞ! ただで物をぽんぽんやってどうするよ。 ガキ、もっと食いたけりゃ、何か出せ」 「何か?」 「おうよ。銭でも金でもイイ。何か出せ」 「……何か……」 子供は食べる手を休めて、考え込んだ。 子分達は心配そうに子供を見たり、微妙に恨めしそうにアースクェイクを見たりしている。 ちくちくと刺さる視線に、アースクェイクの機嫌は悪くなるばかりだ。 「ねえのか? ねえんだったら……」 「……お宝でも、良いの?」 「宝?」 「うん。いっぱいあるんだって」 「そりゃ、宝だったらいいけどよ……そんなもん……」 アースクェイクは、改めて子供を眺めやった。一般的には可愛らしい顔立ちにはいるのだろうが、金持ちの子には見えない。だいたい、金持ちの子だったらこんなところにいるはずがない。 「あるよ」 にっこりと笑って、子供は頷く。とりあえず嘘をついているようには、見えない。 「なら、どこにあるんだよ」 「島原」 「しまばらぁ? どこだそれ」 響きからして日本の地名だということは想像がつくが、初めて聞く地名だ。 「えーっと、九州」 「九州か……」 九州ならアースクェイクにもわかる。日本に渡ってきたときに乗った船は九州に着いた。そこから役人の目を盗んで日本に入り、あちこち旅してまわり…… ――おっといけねえ。 しみじみと思い出にひたりかけていた自分をアースクェイクは引き戻す。 「本当か? なんでそんなところに宝があるっておめえが知ってんだよ」 この場所から九州までは遠い。こんな子供が行ったことがあるとは思えない。 だが、子供はけろりと頷いた。 「だってそう聞いたもん」 「? 聞いた?」 アースクェイク一党は釈然としない様子で顔を見合わせた。 と、その時。 しゃんしゃんと、音がした。いくつもの鈴が揃って鳴っている音だ。 あ、と子供の顔が明るくなる。 「迎えだ!」 「迎え?」 更に首を捻るアースクェイク達に構わず、ぴょこんと子供は立ち上がり、 「お兄ちゃん達、ありがとうね」 にっこり笑うと、とてとてと外へ駆けていく。 「おい待て、話はまだ終わってねぇ!」 「外は危ないっすよ」 どうも子分達は何処か毒されている。 再び、ちっと舌を鳴らすと、アースクェイクは子供を追った。ただで食い物を食われて行かれては、アースクェイクの名折れだ。それに、子供の言葉が気に掛かる。お宝が島原の地にあるという話、あまりにも漠然としているが、アースクェイクの盗賊の勘がひょっとしたらと告げている。 地響きを立ててアースクェイクは廃寺から飛び出す。 「……グヒ?」 外に、子供の姿はない。気配もない。 この体格でもアースクェイクの動きは速い。元々見かけに似合わぬ機敏さが売りであったが、日本で『ニンジュツ』を学んで更に動きが軽くなった。いくら夜だと行っても子供を見失いはしない。 「……親分、あの子供は?」 少し遅れてついてきた子分達も、きょろきょろと周囲を見回す。が、やはり子供の姿は何処にも見えない。 「いねえ。消えちまった」 しっかり手に持っていた握り飯を口に放り込み、憮然とした顔でアースクェイクは唸った。 「この寒空の下、子供が一人で何処へ……」 「迎えったって、人の気配はしませんでしたしねえ」 「寒がってなきゃ良いんですけど……」 子分達が廃寺の周囲に散って子供を捜してみたが、やはり見つからない。 ――……何だったんだあのガキ…… 「あ」 ふと気がついて、アースクェイクは天を見上げた。 星が流れるのが、見えた。 しゃんしゃんと、また鈴の音を聞いたような気がする。 「どうしたんですか、親分?」 「今日は……二十四日、か」 「そういやそうですねぇ。それが、どうしたんですか?」 「いんや。 なんでもねぇよ」 ――盗賊にも、こういうことがあってもいいか。 不敵に、ふてぶてしく口元を歪め、アースクェイクは笑った。 「島原、か」 ――せっかくのプレゼントだ、ありがたくいただこうじゃねぇか。 アースクェイクが見上げる夜空を、また一つ、流れ星が走った。 終幕 |