半蔵が目を開けば、そこは闇だった。 ひやりとした空気が身を包んでいる。 背に感じるのは、岩の感触か。固く、やはり冷たい。 どこだろうと、思う。 「……っ…ぅ……」 思考が働くと同時に、痛みが全身を襲った。腕も、胸も、腹も、足も、背も、全てに痛みがあるような気がする。 斬られた痛みなのか、打ち身なのか、骨や臓腑が痛むのかはわからない。わからないほどに、痛む。 「気がつかれましたか」 声がした。口調の割に若い……いや、幼い声だ。 視界に小さな赤い光が入った。灯明か。少し位置が低い。 きい、という音がした。戸が開いたのだと遅れて気づく。そういえば赤い光に格子の影が揺れていた。 ――ここは……牢か…… 我が子の肉体を奪った魔性、天草四郎時貞を追い続け、やっと刃を交えたものの、半蔵は敗れた。それが覚えている最前の記憶だ。今の状況と繋ごうとすると、答えは一つしかない。 ――儂は、囚われたのか…… 光と共に、小さな足音が近づく。光が地へと下り、その者は半蔵の傍らに膝をついた。 年のころは五つぐらいか。髪を一つに束ね、白い着物を来ている。女童にも見えたが、半蔵は男童だと何故か確信していた。 「な、に……っ」 何者だ、と問おうとした己の声が掠れて消える。ひりつく感覚に、一度、二度咳き込む。喉はひどく渇いていた。 「待ってください」 幼い男童は、たしなめるように言う。顔に悲しみと不安が一杯に表れているのが、赤い光の中に見える。 取り返しのつかぬことをしてしまった悔いと恐れに、怯えているのだと半蔵は思った。 ――……同じ…… 不意に、思う。己とこの幼子は、同じだと。 取り返しがつかぬことを、僅かなりとも取り戻したいと、足掻いて、いる―― 小さな手が、頭の下に差し込まれた。僅かに頭を持ち上げられると同時に、唇が濡れる感触を覚える。 ――水―― 理解と同時に、ごくりと喉が動いた。与えられるままに、貪り飲む。痛みすら、水が喉を流れ落ちていく至福の中では忘れ去っていた。 「……っ、は……」 一通り飲み終えると、息をつく。喉の渇きが癒えただけで、体の痛みさえも和らいだ気がする。 男童はそっと半蔵の頭を再び横たえた。 「……申し訳ありません」 ぽつり、と男童の唇から呟きが洩れた。黒く大きな瞳には涙が浮かんでいる。 「…………」 「申し訳、ありません……申し訳ありません……」 無言の半蔵に、男童は繰り返し繰り返しわび続ける。 「……申し…わけ……」 童の言葉が、途切れた。 その頭に触れた、半蔵の手に言葉を遮られた。 痛みに腕に力はなく、震えさえしていたが、半蔵は童の小さな頭を、一度、二度、撫でた。 何故自分がそうしたのか、半蔵にはわからない。ただ、そうするのが当然のことだと感じていた。 足掻く者のために、今、手を差し伸べねばならぬのだと。 ――たとえ、遅すぎたとしても―― 「……、……」 男童の目が大きく見開かれ、小さな唇が言葉を発しようと、動く。 しかし言葉が音を得るより早く、半蔵の手は男童の頭から滑り落ちた。 「……っ」 慌てて童は半蔵の手を取る。だが、半蔵の手にはもう力が入らなかった。意識が深く暗い闇へと流されていくのに、抗えない。 閉じていく視界に、半蔵は最後まで男童の姿を留め続ける。 手を握り替えしてやることすらできない代わりのように。 ――それでも、必ず―― そう、半蔵は声を聞いた気がした。 己の声だったのか、童の声だったのか。それとも他の何者かの声だったのか。知ることなく、半蔵は気を失った。 気を失った半蔵の手を、童は強く握った。今は握り返されることのないことを、知っていながら。 もう一方の手で、己の髪に触れる。先程、半蔵が撫でたそこを、確かめるように。 黒く大きな眼から、涙がこぼれた。 頬を伝い、地に落ちる。 童が握っていたはずの半蔵の手も、地に転がった。 童の姿は失せていた。 明かりが、消える。 そして、きい、と音を立て、牢の戸は閉ざされた。 |