若い緑の香を乗せた風に乗った鳶が、くるり、くるぅりと輪を描く。 同じ風に、地では青い花がゆらゆらと揺れている。二枚の花びらが並んで開いている様は、青い蝶がちょこんと草に止まっているようにも、見える。 そんな風に揺れる青が、茶店で一服していた半蔵の目を引いた。 ――露草か。もう、その様な時期か。 露に濡れた花は瑞々しく、可憐だ。だが、露草の花の刻は短い。もう少し日が高く昇る頃には、しぼんでしまう。 『きっと天に、自らの青を捧げてしまうからでしょう』 ――……楓…… そう言っていた妻の姿を、半蔵はいつしか青い露草の花に重ねていた。 北国の初夏の頃、楓は露草を取ってきては、鉢に植えて戸口に置いておく。 露草に宿る露に夜、螢が集まるのが好きだと言うのだ。露ならどのような草にも下りるのだから、露草でなくてもよいのではないかと半蔵は思うのだが、楓は露草の露はよいのだと言う。 「他の草より、露草の方が螢がよく来るのです。 螢を飼うときにも、かごに露草を入れておくと良いと言いますし」 「そうか」 「はい」 微笑んで頷く楓が、露草の鉢を見ながら呟いたのを半蔵は聞いた。 「少しでも、螢が多く集まる方が、明るくて良いでしょう?」と。 何が良いのかとは、半蔵は問わなかった。 妻は今年も、露草を植えた鉢を戸口に置いただろう。夜、やわらかい緑の葉や青い花に露が宿れば、螢が訪れ舞うだろう。 秘やかな想いを託された、花と光。一年のうち、露草と螢が揃うこの時期だけの優しい光景を、長らく見ていないことを半蔵は思い出し、 ――今年は今の時期の内に、戻りたいものだ…… 珍しく、そんなことを思った。 |