たまには、こんな日


 ある日、うたた寝から目を覚ました服部半蔵殿(伊賀忍者、推定35歳)は、一羽のモズになっている自分を発見しました。

――・・・・・・・・・

 悪いものを食べた記憶はありません。
(だって、昨日食べたのは、楓さんがつくったお夕飯だけですから。…まるで大学生のような食生活ですけどね)
 最近忙しくて、睡眠時間が日に半刻取れればよい、という生活が続いていたりもしますが、いつものことです。
(さすがに疲れが少々たまってきてはいますが。だからつい、うたた寝してしまってたんですね)
 ちょっと危険な任を一つ、この間片付けましたが、そのときに怪しげな術をかけられた、ということもありません。
(だいたい、これだけ後になって効果が出て来るような術に、何の意味があるでしょう)
 さしもの半蔵殿も、しばし呆然としておりました。
 そりゃ、「モズ」になんかなったことが無いので、呆然とするのも仕方がありません。
 ただ、今回は普段なる呆然とは格が違いました。
『……………!』
 服部半蔵ともあろう人(鳥?)が、飛来したそれに全く気付かなかったのですから。
 ぎりぎりの所でどうにか気付いたのですが、それは半蔵殿の左の翼を結構深く傷つけたのでした。
 痛みと衝撃で、半蔵殿は木の枝から落っこちます。
(そうそう、半蔵殿は、息子さん二人の修行の為、隠行をしていたのです。隠れた半蔵殿を息子さんたちが見つけるという修行です。で、その最中に居眠りこいちまったんですね。よっぽど疲れていたんでしょう)
 普段なら受身をとるか華麗に着地するところですが、鳥の姿での受身のとりかたなんか、半蔵殿は知りません(この状況で華麗に着地もできないし)。てなわけで、豪快にそのまんま、落っこちてしまいました。
 ちょっとやばいかなーなんて事が、半蔵殿の脳裏をかすめます(結構高い木の上にいたのです)。

 ぽて。

『…………………』
 鳥になって、体がちっちゃくなってたぶん、たいした衝撃は受けませんでした。幸運といって良いのでしょうか。
 とりあえず起き上がってみましたが、左の翼が痛む以外に、どこにも怪我はしていないように思います。
 しかし、ほっとすると同時に、これからどうするべきか、半蔵殿は困ってしまいました。
 一番にしなければならないのは、傷の手当ですが、この姿では手当なんかできません。
 その他にも、この姿のままでは、色々と不便なことがありそうです。
(不便どころではないはずですが、今の半蔵殿はそこまで頭がまわっていないのです。よっぽど動揺してるんですね)
 その時です。
 足音が聞こえてきました。どうやら二人の人間のようです。
 とっさに逃げようとしましたが、これでは飛べないし、小鳥の足の移動力など、たかが知れています。
「あ」
 聞き覚えのある声がしたかと思うと、半蔵殿は誰かの手に包みこまれていました。そのままふわりと持ち上げられます。
「ほら、不用意に投げるから、鳥に怪我させちゃったじゃないか」
「だって、父上見つからないし…、それに、試してみたかったんだよぉ」
 たしなめるような声に、ふくれた声が答えます。
『真蔵、勘蔵』
 そうそれは、半蔵殿を探す修行をしていたはずの、真蔵くんと勘蔵くんだったのです。
「ごめんね、痛かったろう」
 いいながら、真蔵くんは、半蔵殿の翼の手当をはじめました。
 その横で、ぷっと頬を膨らませ、勘蔵くんはくるくると指で戦輪(チャクラム)を回しています。どうやらそれが、半蔵殿を傷つけたものの正体のようです。
 それでも、傷ついたモズ(半蔵殿)が気になるようで、時々ちらちらと視線を向けるのが、可愛いといえば可愛いところ、などと半蔵殿は思っていました。
「でも、父上、どこに隠れておられるんだろう」
 その言葉に、半蔵殿は『ここだ』といおうとしましたが、どうせ伝わらないだろうし、伝わったら伝わったで、何だか嫌な気がしましたので、黙っていました。
「こっちの方に居たような気がするんだけど…」
「あれ」
 気配を探っている真蔵くんを見て、自分もそうしようとした勘蔵くんが、声を上げました。
「どうした?」
「ほら、こいつ、父上と同じところに傷がある」
「ほんとだ」
 そう言われて、半蔵殿はモズの姿の自分にも、左目のところに傷が走っていることに気付きました。
「ひょっとして…」
 どこかいたずらな表情で、勘蔵くんは言います。
「このモズが父上だったりして」
 本当に分かったのか、とちょっぴり期待して半蔵殿は勘蔵くんを見上げます。
「なーんて、そんなことないですよね、人が鳥になるなんて」
 その、「そんなこと」があるのだと、がっくりしながら半蔵殿は思います。

『……………ん?』

 ふと、妙な気配を感じ、半蔵殿は真蔵くんを見上げました。
 真蔵くんは、顔を伏せていました。ちょっと体が震えています。
「兄上?」
 勘蔵くんも、真蔵くんの様子がおかしいのに気付いたようです。
『真蔵?』
「兄上?」
 二人(と、言っても、半蔵殿の言葉は通じていないのですが)が声をかけても、真蔵くんは答えません。その間にも、妙な気配はどんどん強くなっていきます。
「ふ、ふふふふふ…………」
「あ、兄上?」
 突然、低く笑いだした真蔵くんに、勘蔵くんの頬を汗がつたいます。
 ぱっ
 突然、半蔵殿を包んでいた手が消えます。
『なっ!?』
 ……ぽてっ
 結構びっくりしましたが、さっきより低いこともあり、やっぱり半蔵殿は無傷でした。
「父上、父上、ちーちーうーえーーーーっ!」
 ちゃきーん
「あにうえっ!?」
 異様な声と気配に慌てて見上げてみれば、そこには、何かにとりつかれたような表情を浮かべ、刀を抜きはなった真蔵くんと、それを押えようとしている勘蔵くんの姿がありました。
 真蔵くんは、間違いなく、今はモズの姿の半蔵殿を狙っています。
「ふはははははははっ!」
 ばんっ
 真蔵くんは勘蔵くんをつき飛ばすと、刀を半蔵殿に向かって振り下ろしました。
『ちょ、ちょっと待てぃっ!』
 待てといって止まったら、忍はいらないかも知れません。
 それ以前に、言葉が通じていないんですけど。
 当然、真蔵くんは止まりません。
 よって逃げなければなりません。
 半蔵殿は必死で翼を動かしました。逃げる手段はこれだけなので、この際、少々痛いのは我慢するしかありません。
 飛べるかどうか、全く自信はありませんでしたが、神様(そんなものがいるかどうかともかく)は、半蔵殿を見捨ててなかったようです。

 ぱたぱたっ

 むちゃくちゃ痛みが走るものの、どうにか半蔵殿は飛んでその場を逃げ出すことに成功しました。
 高さと速さは、それほどでもありませんでしたが。
「待てぇーーーっ!」
「兄上、落ち着いて、あにうえぇぇっ!」
 後ろでは、まだ真蔵くんは錯乱して、追っかけて来ているようです。勘蔵くんが押えているので、そう簡単には捕まらないと、期待したいところですが。
――しかし…真蔵、まだ天草(悪)が残っていたりしたのか……?
 逃げながら、半蔵殿は思います。そう考えでもしないと、あの錯乱ぶりは理解できません。
 結構本気なのかも知れない、などとブラックな考えもほんのちょっぴり頭に浮かんだりもします。
 しかし、飛びながら考え事をしてはいけません。

 むぎゅっ

 ほら。
 前方不注意で、半蔵殿は誰かにぶつかってしまいました。
 ひゅるるる〜〜〜
 そのまま地面に墜落、
「あらあらあら」
しかけたところを間一髪で、誰かの手に救出されました。
「大丈夫ですか?」
 そっと手の中の半蔵殿に声をかけたのは、
『…………楓?』
さんでした。
「待てぇ〜〜〜っ、ふふふふはははははははっ!」
 真蔵くんの声が近付いて来ます。
 思わず半蔵殿は、楓さんの手の中で、体を小さくします。
「大丈夫ですよ」
 にっこりと楓さんは微笑むと、モズの姿の半蔵殿を手に包み込んだまま、そっと木の陰に隠れました。
「ちーちーうーえーーー!」
「兄上、落ち着いてくださいっ!」
 二人の少年は、その木の前を駆け抜けていきます。
「ほら、大丈夫でした」
 そう言うと、楓さんは半蔵殿を手に抱いたまま、里へ向かいました。
『どうするのだ?』
 と、半蔵殿は聞いてみましたが、楓さんは答えません。
――伝わらぬのも、無理はないか…
 ようやく、半蔵殿にも自分がモズであることの自覚が芽生えて来たようです。これから先のことを思うと、どんどん気が重くなってきます。

 からり。
 戸の開く音で、半蔵殿は我に返りました。
 家についたのです。
 楓さんは、家に上がると、囲炉裏の近くに半蔵殿を下ろしました。
 やさしく、微笑みかけます。
「あなた」
『………!?』
 呼びかけられたそのことに、半蔵殿は驚きました。
 今日はたくさん驚きましたが、その中でも一番、驚いていました。
「あなた?」
 もう一度、楓さんは呼びかけます。
『楓…』

 ぽ…ぽぽぽぽぽぉんっ

 その時、何かが弾けるような音がしたかと思うと、服部半蔵殿は、元の人間の姿に戻って、その場に立っていました。
「おかえりなさいませ」
 にこにこと微笑んだまま、楓さんは言います。
「よく……わかったな……」
 まだ驚きが冷めやらぬ様子で、半蔵殿は言いました。
「ぬくもりが、あなたと同じでしたもの」
 何でもないことのように楓さんは言いました。
「………………」
 つい、と半蔵殿はそっぽを向きました。
 その顔が赤く見えたのは、差し込んできた夕日のせい、ということに楓さんはしておくことにしました。
 少し、微笑みに優しさを増やしておきましたけど。


 その後、帰って来た少年二人が、半蔵殿の左腕にまかれた包帯を見て、首を捻ったのは、言うまでもありません。

 おしまい。
 とっぺんぱらりのぷう。

注:高橋なのさんの「ダンディードラゴン」の中の「素敵な一日」のダブルパロです。

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