出羽の冬


 どん、どん、どん。
 半蔵は、冬はいつもより力を入れ、戸を叩く。
 冷気に凍った空気は音をよく伝えるはずなのだが、全てに容赦なくのしかかり、押し込める雪がその前に吸い込んでしまうのだ。
 それに理由は、もう一つある。
 
 半蔵の妻、楓の故郷は遙か遠い遠い南の地だ。
 そこでは雪は珍しいものであり、たまに降るそれは冬の徒然を慰めるものでしかない。
 そのような地で生きてきた楓に、深い雪が全てを閉ざすこの出羽の冬はどのように見えただろう。
 光の入らない家で、ただ待つのはどのような想いだろう。

 それを問うことは、半蔵にはできなかった。
 楓をこの地に連れてきたのは己だ。
 一人残すのもまた、己だ。
 だから。

 どん、どん、どん。
「はい!」
 家の奥から声が応え、がたがたとつっかい棒が外れる音の後に、ようやく戸が開いた。
「今戻った」
「おかえりなさいませ」
 微笑む妻の顔に、半蔵は今年も安堵の色を見た。

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