さん


「あ、かあさまだ!」
「かあさま!」
 男とわかれてすぐ、森を出たところに、二人は母親のすがたを見つけました。
「二人とも! 探したのよ……!」
 母親は二人に駆けよると、ぎゅうっと抱きしめました。
「森の奥へは行ってはだめと言ったでしょう」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさい、かあさま」
 二人はしゅんと頭をさげます。
「でも、よく無事で帰ってこれたわね」
「おじさんにたすけてもらったの」
「おじさん?」
「おくであったの。おおきなおじさん。おじさんがそこまでつれてきてくれたの」
「さいしょは悪いカムイかと思ったんだ」
「でも、悪いアイヌじゃなかったの」
「いるかいないかわからない人だったけど」
「いい人なのよ。でね、ずーっとつれてきてくれたの」
「でもそこでいなくなったんだ。これないって。どうしても、これないんだって」
「でもね、見えたの」
「おなじはちまきだったんだ」
「あおかったのよ」
「かあさま、あのおじさん、森のカムイだったのかなぁ?」
 母親の顔に、はっとした色が浮かびました。
 母親は子供達とよく似た大きな黒い目で、二人を見ます。
「青い布、だったのね? 同じ刺繍だったのね?」
「うん。みたよ」
「みたの。
 ねーっ」
「ねーっ」
「そう……」
 吐息をつくように言うと、もう一度母親は二人をぎゅうっと抱きしめました。
「かあさま?」
「かあさまどうしたの?」
「……嬉しいのよ」
「うれしいの?」
「そう、嬉しくて、少し……少しだけ、寂しいの……」
「どうしてかあさまがさみしいの?」
「……ないしょ」
 二人を抱きしめたまま、母親は言いました。その声が泣いているように、二人には思えました。
 でも、かなしいのではなく、うれしいのだと、二人は思いました。
「かあさま……」
 二人は小さなうでで母親をだきしめました。


「さあっ、帰りましょう。エカシ達が心配しているわ」
 しばらくして、母親はそう言ってにっこりと笑いました。
「うんっ」
「うんっ」
「もう、かあさまのいいつけをやぶっちゃだめよ」
 立ち上がり、母親は右手で女の子の手を、左手で男の子の手を引きます。
「はい!」
「はい、かあさま」
 二人は母親を見上げてうなずきました。
 そのときに、二人は見ました。
 母親の左腕の、紅い布を。
 それはいつも母親が腕に巻いているものでありましたが、今日はなんだか、いつもよりあざやかに見えました。


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