手車と青い布


 日が、西に傾いた。
 西の空が紅く染まり、東の空から青が藍へと変わっていく。
 縁日はもう終わりだ。
 人々は今日の楽しみを糧に、それぞれの日常へと帰っていく。
 勘蔵とリムルルも、帰らねばならない。それぞれの、日常に。
 お互い何も言わず、歩く。口にせずとも時間が来たことはわかっている。
 さっきまでの賑やかさが嘘のように、静かだった。
 二人は並んで鳥居をくぐる。
 足は同時に、止まった。
「じゃあ」
「じゃあね」
 同時に口にして、同時に、驚く。
 互いに真っ直ぐと、相手を見つめたまま。
「……また、会えるかな」
 先に口を開いたのは、リムルルだった。
「縁が、あれば」
 勘蔵はいつもの通りそう答えた。それが忍である勘蔵の精一杯だった。
 だが今日は、いつもと少しだけ違った。
 青い布をもらったからか、祭を一緒に過ごしたからか、あるいは、賑わいの後のこの静けさにか。
 いつもの言葉だけでは足りないと勘蔵は思った。
――行っては戻り、去りては帰り――
 ふっと、今日自分で述べた口上を思い出す。
 しゅるるっ、と糸が鳴った。
 地面に向かって真っ直ぐ、勘蔵の手から手車が飛ぶ。地に触れる際で、くん、と勘蔵が手を小さく跳ねさせると、それは大きく跳ねるように糸を巻き戻って、帰る。
 手放し、戻す。他愛のない、それだけの動きを無言で勘蔵は繰り返す。
――行っては戻り、去りては帰り――
「うん」
 こくん、とリムルルは頷いた。
 それを合図に、ぱんっ、と一際大きく音をさせて、勘蔵は手車を手の内に収める。視界の端に、腕に巻いた赤と青の布が目に入った。
 青い布に、ぽん、と軽く触れる。自分の背を押すように、一つ、確かめるように。
「元気でね」
 勘蔵を見上げて、リムルルは言った。その手は首に下げた“おかりな”に触れている。
「リムルルもな」
「うんっ」
 大きくまた一つ頷き、リムルルは笑んだ。笑みの向こうには、赤く染まった西の空。
 勘蔵もまた、笑んでいた。背には、藍が広がっていく東の空。
 二人の胸には、同じ確信がある。
「じゃあ」
「じゃあね」
 同時に口にして、同時に、背を向ける。
 そして二人は、同時に歩み始めた。
 それぞれの日常へ。
 そして――

――行っては戻り、去りては帰り――

 糸が鳴る音を、歩む二人は聞いたように、思った。
                    終幕

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