――……何を作ってくれるのかなぁ…… ちみちみと木苺を舐めながら、リムルルは勘蔵の作業を見守っている。 ――コンル、わかる? コンルはふるりと震える。 ――やっぱり、わかんないよね…… 氷を全て砕いてしまうと、それを勘蔵は椀に入れた。くるんでいた手拭いは、ぎゅっと絞る。水気を切った手拭いはよく冷えている。思いついて、額や首筋を拭くと何とも言えない心地よさに息が洩れた。 「ふぅ……」 「あ、いいな」 「……拭く?」 「うん。いい?」 「じゃ、そのかわり、木苺貸して」 「はーい。まだたくさん残ってるよ」 自分が汗を拭いた方が内になるように畳み直してから、勘蔵はリムルルに手拭いを渡し、代わりに木苺のつまった竹筒を受け取った。リムルルの言うとおり、まだ木苺は半分は残っていそうだ。 「わ、冷たい」 上げる声とは裏腹の、気持ちよさそうな顔でリムルルは自分の首筋や腕を拭いた。手拭いの冷たさと、拭いた後に感じる僅かな大気の流れが、とても気持ちいい。 その様子を横目に、勘蔵は笈から取り出した匙―本来は、薬の調合などに使うのであるが―を使い、竹筒の木苺を、椀に盛った砕いた氷の上にかけた。潰れた木苺の赤い汁が、とろりと氷の山に流れていく。涼しげで、何ともうまそうである。 「よし、できた」 出来映えはまずまず満足いくものだった。思いつきの即席とはいえ、いい感じの出来上がりだ。 ちらっとリムルルを見やれば、興味津々、好奇心を隠すことなく、勘蔵の手の椀を見つめている。体を拭くのも忘れてしまっているようだ。 思った通りの様子に、よし、ともう一つ、今度は心の中で呟き、勘蔵はリムルルに匙を添えて椀を差し出した。 「はい、これ。いいもの」 「いいもの?」 受け取りはしたものの、きょとんとした顔でリムルルは問う。 砕いた氷に、木苺をかけたもの、というのは見ていたからわかる。木苺を潰して食べるのと同じ様に、氷のこういう食べ方があるのだろうとは思っている。 しかしリムルルとしては、氷を食べるという発想そのものが、まず驚きなのである。 「食べてみてくれないか」 さっきと同じ、悪戯な笑みを浮かべて勘蔵は言った。 「うん……」 言われるままに、匙に一掬い、氷と木苺をリムルルは掬う。 ぱく、と一口。 口の中に、氷の冷たさと、木苺の甘酸っぱさが程良く入り混じって広がる。 氷が溶けて消えるまで、冷たさと甘みを楽しんだ後、リムルルは心から言った。 「おいしい……」 「だろ? 今日みたいな暑い日には、最高だよ」 「うん。 はい」 頷いたリムルルは、匙に氷を掬うと勘蔵に向けた。 「はい?」 「最高なのに、勘蔵さんは食べてないよ。だから」 匙を向けるリムルルは、笑んでいる。 楽しげに、嬉しげに。 そして、悪戯に。 「……ん……」 ぱく、と。 観念して勘蔵は匙をくわえた。炎天下に、ほっとするような冷たさと甘さが、口内に広がる。 「どう?」 「……うまい」 ぼりぼりと口内の氷を噛み砕いて呑み込むと、勘蔵は頷いた。うまいのはわかってはいたが、こうして実際口にすると思う以上に、うまい。自然に表情が緩むのが自分でもわかる。 「えへへ」 嬉しそうに笑って、リムルルもまた一口、氷を口にした。 自分が作ったものではなく、勘蔵自身が作ったものであるのにも関わらず、まるで自分が褒められたような気分にリムルルはなっていた。 「ほんとにおいしい。 あたし、気に入っちゃった」 「削り氷っていうんだ。これは削ってなくて、砕いたものだけど」 竹筒から水を一口のみ、勘蔵は言った。太陽は天頂から西へと傾きはじめたが、気のせいか暑さが増している。 「けずりひ?」 「そう。削り氷。 本当は雪みたいに削った氷に、甘い蜜なんかをかけたものなんだ。 今日は木苺だけどさ、砂糖水をかけたのもうまいんだよ」 雪のように薄く削るのは、素人には難しい。だから今日に限らず、勘蔵が作る「削り氷」はいつも、口に入る程度の大きさに砕いたものになる。冷たくて、甘みがあれば満足してしまうおおざっぱさは、忍である勘蔵の少年らしさといえるかもしれない。 「ふうん……。 勘蔵さんは、砂糖水の削り氷を食べたことあるの?」 「何回かは」 普通なら夏場には氷はない。勘蔵の故郷である出羽の里には薬類の保管や急病人のための氷室があるが、それを勝手に削り氷にはできない。 しかし、北国出羽の里を囲む山の中には、天然の氷室がある。運が良ければ、ではあるが、夏まで大きな氷が残っている。 暑くて暑くてたまらないときには、勘蔵達若い忍達は連れだって天然の氷室の氷を探す。そして削り氷を作って食べる。修行、あるいは里の仕事に追われる日々の中の、秘かな楽しみであった。そこには氷にかける砂糖をこっそり里の倉からくすねることまで含まれる。もちろんばれれば厳罰であるが、首尾よく得るのもまた修行の一つである、と勘蔵達は錦の旗を立てている。 ――砂糖水をかけたのも、リムルルに食べさせてあげたいな…… 里の日常からリムルルへと思いを巡らせていた勘蔵の視界に、削り氷が乗った匙がまた入った。 「勘蔵さん」 はい、と向けられている匙からリムルルに目を向け、勘蔵は頭をかく。 「……俺は食べなくても良いんだけど」 「食べちゃ駄目ってことは、ないよね。さっき一口食べたんだし。 おいしいものは、みんなで食べる方がいいよ」 ね、コンル、と傍らに浮遊するコンルをリムルルは見やる。 ぐわっ、と、コンルは大きく口を開いた。 否、開いた、というよりもコンルが口そのものに変化したかのようである。 ――……うわ…… 異様としか言いようがない光景ではあるが、慣れた様子でリムルルはコンルの口の中に匙の削り氷を入れてやった。 がっしゃがっしゃとコンルの口が動く。 ――そういえば、あの氷は…… コンルが出したものだと、勘蔵は思い出した。コンルが出したものをコンルが食べる。それはどうなのだろうと気になったが、 「勘蔵さん、コンルもおいしいって」 リムルルの笑顔に、気にしないことにした。おいしいと喜んでもらっているのだから、細かいことを気にしていても仕方がない。 もう元に戻ったコンル自身も、「おいしい」と伝えたいのかくるくると回っている。木苺の赤に、ほんのりとコンルの体が染まっている。 「だから、はい」 改めて勘蔵にリムルルは匙を向けた。 気のせいか、その顔はさっきよりも楽しげに見える。 「……はい」 ぱく、と。 勘蔵は素直に匙をくわえた。 リムルルの笑顔につられた、負けたという自覚は、ある。 「ね」 匙を引いて、リムルルは真っ直ぐに勘蔵を見た。 「ん?」 「今度、砂糖水のも作ってね。 氷はあたしとコンルが用意するから」 「あぁ、いいよ」 視線は勘蔵に向けているが、削り氷を食べるのは止めずに言うリムルルに、笑って勘蔵は頷いていた。砂糖を用意するのは容易くはない。それでもリムルルの頼みならできる限り聞きたいと、思っていた。 ――……なんでだろうな。 自分のことであるのにも関わらずわからない。 が、まあ良いかと、勘蔵は削り氷を食べるリムルルを見ながら思った。 ――とりあえずは、笑顔につられたってことにしておくかな。 もっとも、何故それで良いのか、までは勘蔵は思い至っていない。 一方リムルルは、今日浮かべた中で、一番嬉しそうな笑みを浮かべていた。 ――良かったぁ。これでまた、削り氷が食べられるし…… 削り氷を掬った匙を、口元へ運ぶ。 ――また勘蔵さんに会えるもの。 夏の暑さに氷は随分溶けていたが、リムルルが感じる甘みは変わらない。変わらず、削り氷はおいしい。 「はい」 「ん」 勘蔵が感じる甘みも、同じく。 それが何故なのか、二人はまだ考えもしていない。 終幕 |