まるで春の雪のような光景だった。 やわらかな陽光の下、砕けた「それ」の破片は見る間にさらさらと崩れ、風に、草木に、天に、地に、消えていく。 「……ふう……」 リムルルが、息をついた。 その体が、ふらと揺れる。 「あれ……?」 「リムルルっ」 倒れかかったリムルルを、とっさに勘蔵は支え ――お? ようとしたところで、かくんと膝が崩れた。 二人は仲良くひっくり返った。 「……大丈夫か?」 ひっくり返ったまま、少し気まずい気分で、勘蔵はリムルルを見た。 「平気。ちょっと疲れただけ。勘蔵さんは?」 「俺も、大丈夫だ」 疲労でずっしりと体が重かったが、とりあえず勘蔵はそう答えた。 「……よかった」 ほ、と息を吐く。 「きれい……」 風に流れるか、散華する「それ」が風を呼ぶのか、宙を舞い、宙に消える「それ」を、寝転がったままリムルルはうっとりと見つめた。 「太極、か」 同じように寝転がったまま、同じように消えゆく「それ」を眺め、勘蔵は呟いた。 「それ」にはもはや邪気はなく、無垢な淡い輝きを宿している。手を伸ばしてみても、触れることはできない。触れるかと思った瞬間に、「それ」は消えてしまう。 「たいきょく?」 自分も手を伸ばしてみながら、リムルルは問うた。 「世の理、かな」 世の万物は全て陰陽二気と五行五気に属し、流れに従う。その流れをもっとも端的に示すのが、陰陽二気が絡み合った、「太極」である。 陰と陽が分かたれており、しかし離れることなく、止まることなく巡り、伸びゆく。それは理から外れた歪みを正し、流れの中に戻す力を持っている。 火は、陽である。 氷―水―は、陰である。 『合わせた』二つは太極となり、歪んだ存在である「それ」を正し、流れに戻した。 気術を教わったときにいやというほど聞かされた太極の理を、やっと勘蔵は思い出していた。 ――里長に知れたら、ひどく怒られるな。 その顔が見えるようで、苦笑する。 「どうしたの?」 起きあがったリムルルが、ひょいと勘蔵の顔を覗き込む。 「ん………」 舞う「かけら」があって、リムルルがいる。 リムルルがいて、「かけら」が見える。 大きな黒い瞳。 そこできらきらと光っているのは、「かけら」か、コンルか…… 「どうしたの?」 ぼうっとした様子の勘蔵に、リムルルは首を傾げた。 ――やっぱり、辛かったかなぁ…… 巫である自分でもこれだけの疲労を感じているのだ。ずっと「それ」と戦っていた勘蔵の疲れは、もっとひどいはず。 「ほんとに大丈夫?」 「……………っ」 心配そうなリムルルの表情に急にいたたまれなくなって、勘蔵は飛び跳ねるように立ち上がった。少し足がふらついたが、動くのに支障はないようだ。 「俺、もう行かなきゃ」 「それ」を倒したことを仲間の忍に知らせなくてはならないし、怪我をしている者のことも気にかかる。だから、早く戻らなくてはならない。 「……そう」 リムルルも立ち上がり、勘蔵を見上げる。 「一緒に戦ってくれて、ありがとう」 少し揺れた勘蔵の黒い目が、リムルルの目を見た。 「ん……いや、それは、こっちも同じだよ。ありがとう」 勘蔵がそう言うと、リムルルはにこ、と笑った。 無邪気な、きれいな笑みだった。 「また、会えるかな」 笑みを顔に残したまま、いつかと同じようにリムルルは問うた。 「…… 縁があれば」 いつかと同じ答えを、勘蔵は返した。 「うん」 「それじゃあ」 頷いたリムルルに、勘蔵は背を向けると、走り出した。 ――礼を言えばよかったな…… 走りながら、勘蔵は思った。 崖から落ちた時のことを、言えずじまいだった。経緯はどうであれ、言っておけば良かったと思う。 ――……いいか。 少女の気配が遠くなり、消えたとき、そう思い直した。 縁があったときに、伝えればいい。 そう、思った。 「ね、コンル」 勘蔵が消えた方を見つめたまま、リムルルは言った。 「ばばさまに言ったら、新しい着物作ってもらえるかなぁ……」 コンルは僅かに、ふるりと揺れた。 |