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四 2001年 初秋 その三 「嘘じゃ、ないんだけどなぁ」 夜もすっかり更けて、ガオレンジャー達が眠りについた後、泉の側に腰を下ろしてテトムは呟いた。 膝の上についた手の上に、顎を乗せる。 最初にイエローに「無理」と答えたのは戻したくなかったからで、本当は戻せるのだ。そして実際、ブルーとホワイトを見つけたときに、テトムはイエローの髪の色を戻そうとしたのだ。 イエローはあれきり自分の髪の色のことには触れなかったが気に入っているようには見えなかったし、新しい仲間が見つかったのだから元に戻してもいいかもしれないと思ったのだ。 それなのに、戻らなかった。 何度か試してみたのだが戻らなかったので、諦めてそのままにしている。イエローには戻そうとしたことを言っていないので―驚かせるつもりだった―戻せないということは知らないはずだ。 もっとも、テトム自身はそのことにほっとしていた。イエローの髪の色が戻ってしまったら、なんだかいろんなことが変わってしまいそうな気がしていたのだ。 とはいっても、気になるものは気になる。 とはいっても、今日まで忘れていたのだが。 「うーん」 忘れていても、思い出したら気になってしまう。 テトムは眉間にしわを寄せて、考え込んだ。 「テトム?」 「うーん、うーん」 「おいテトム」 「うーん」 「テトムさーん」 「うーん……」 「テートームー」 「…………」 「わざとか、こら」 こつん。 「いたっ……何するのよぉ」 頭を軽くこづかれてようやく、テトムは顔を上げた。 呆れた顔のイエローが、目の前に立っている。 「何するのよぉ、じゃねぇよ。何回呼びかけたと思ってるんだ」 「うーん、四回ぐらい?」 ――……ほんっとにわざとじゃねぇんだろうなぁ…… イエローは腹の内で溜息をつく。 「なにか用?」 イエローの内心など知る由もなく、テトムは小首を傾げる。 「別に。 お前がこーんな顔してたから、声かけただけだ」 テトムの隣に腰を下ろすと、イエローは大げさに眉間にしわを寄せてみせた。 「やだ、そんな顔をしてた?」 「してた。何考えてたんだよ。 ……200年前の奴らのことか?」 「ううん。 ……あのね」 言いかけて、テトムは言葉を切った。 ――「髪の色はもう戻せない」なんて言ったら、やっぱり怒るわよね…… 「えっと、何でもないの。えっとえっと、次のハイネスはどんな奴かなって、目が来て耳鼻が来たから、やっぱり口かしらーとか」 「嘘つけ」 「う、嘘じゃないもん」 「嘘だ」 「……うん……」 「で、何考えてたんだよ」 イエローはぶっきらぼうに訊いてくる。 でもそれは、心配しているからだとテトムは知っている。そうでないならば、イエローはここまでしつこく聞いてはこない。 レッドが見つかるまでの間、リーダーを務めていたのは伊達ではない。 「……あの……ね。 えっと……イエローの髪……もとに戻せないみたい……なの」 「戻せないって、色か?」 「うん……何度かやってみたんだけど……なんでかわかんないんだけど……ごめんなさい……」 「なんだ、そんなことか」 「えっ?」 あっさりと言われ、テトムは目を大きく見開いた。 「こーんな顔してっから、もっととんでもないことかと思ったぜ」 もう一度眉間にしわを寄せて見せて、にやりとイエローは笑った。 「で、でも……」 「気にすんなよ。今はいいからさ。俺の頭より、マジに次のハイネスの対策を考えるのが先決だろ?」 くしゃりとテトムの髪をかき回すように撫で、イエローは立ち上がる。 「イエロー……」 「もう夜も遅いんだから、そろそろ寝ろよ」 「うん……おやすみ、イエロー」 「ああ、おやすみな」 応えてイエローは広間を出かけたが、ふいと、振り返る。 「今は、結構気に入ってるぜ」 自分の頭を指差してそう言うと、テトムに何か言う隙を与えず、そそくさと歩み去った。 「イエロー……」 しばらく広間の入り口をテトムは見つめていたが、やがてにっこりと嬉しそうに微笑み、 「おやすみなさい、イエロー」 もう一度言って光に姿を変え、泉へと姿を消した。 部屋に戻ったイエローは、ベッドに寝転がり、天井を見上げた。 ――元に戻せない……か。 短い髪をつんと引っ張ってみる。 ――ま、それもそうだろうな。 一人、苦笑する。 ――この髪の色を望んでいるのは、俺なんだから。 今は。 『大切な仲間が無事であるようにと……』 あの時、テトムが言った言葉。イエローが、鷲尾がずっと忘れないでいる言葉。 その言葉は今は鷲尾自身のものでもある。ガオレンジャーの仲間達、パワーアニマル達、そしてテトムが厳しい戦いの中、無事であるようにと。 そのためのゲン担ぎであり、誓いの証だ。 大切な仲間達と最後まで共に戦い、守ると、テトムがかけた魔法に重ねて鷲尾が自分自身に立てた、誓い。 だから誓いが果たされるまで、魔法が解けないのは当たり前なのだ。 ――あんなにしょげるとはなぁ。 魔法が解けないことを気にしていたテトムの顔に、ほんの少し申し訳ない気分になるが、こんな理由はとても話せない。気恥ずかしいことこの上ないし、他の連中に知られれば、からかわれるに決まっている。 それに…… 『あたしのためなのよ』 何も知らないはずなのに、どうしてテトムはあんなことが言えるのだろうか。もちろん本人は、自分が魔法をかけたせいだ、ぐらいの意味でしか言っていないはずだ。 だが、それは。 ――…… 誓いを立てた一番大切な訳を思い返し、誰も見るものも聞くものもいないというのに、鷲尾は耳まで真っ赤になった。 ――絶対に、言えねぇ。 少なくとも、戦いが終わるまでは。 戦いが終わったら、言えるだろうか。 ――……馬鹿か俺は。 全身がむずがゆくなるような照れくささを振り切ろうと、大きく寝返りを打って鷲尾は目を閉じる。 閉じた瞼の裏に、あの日のテトムの笑顔が見えたような気がした。 Fin |