万里行


――現(うつつ)
「右京様」
「!?」
 耳に届いたやわらかい響きの声に、右京は目を開いた。
「右京様?」
 声と同じに、やわらかな微笑みがそこにあった。
「け……圭殿っ!?」
「はい」
 狼狽して飛び起きる右京に、小田桐圭はこっくりと頷いた。濃い青に花をあしらった着物を着ている。白無垢でも長襦袢姿でもない。
「大丈夫でございますか? 随分うなされておりましたが……」
「うなされ……私は、眠って……いたのですか……」
「はい」
 辺りを見回し、ほう、と右京は溜息をついた。
 土手で考え事をしていたら、いつの間にやら眠り込んでいたらしい。
――おかしな夢を見たのも……こんなところで寝た所為か……
 右京は安堵した。
 夢が夢であったことに。
 圭が自分の前にいることに。
 全てが幻だとは思わない。いずれあの幻は―圭の近くにいられなくなることは―現となろう。
 それでも今は、圭が側にいるというこの現に夢を、見ていたい。
 何も残らないと知っていても、愛しき現を夢見ていたいと、右京は思った。
「右京様?」
 黙り込んだ右京が心配なのか、圭が問いかける。
「なんでもありませんよ、圭殿。
 少し、おかしな夢を見ただけです」
 右京は圭に、微笑みかけ、そう、答えた。
                          終

物書きの間トップへ
物書きの間トップへ(ノーフレーム)