女は歌う、自分の腹を撫でながら、何度も何度も繰り返し。 「坊や良い子だ寝んねしや……」 幸せこの上ない顔で見下ろすその腹に赤子が宿る気配は、まるでなかった。 「ある日突然、腹からややが消えたのじゃ」 「その日からほれ、あの様に気がふれてしもうて……」 「坊や良い子だ寝んねしや……」 女は歌う、ただ愛しげに自分の腹を撫でながら。 「坊や良い子だ寝んねしや……」 歌う女を、悲しみと淋しさを同居させた目で見つめる、幼子が一人。 「可哀想にのう、あんな小さいのに、母親が狂うてしもうて」 「母親はもう、あの子の世話もせんのじゃと。可哀想に」 「可哀想に」 「可哀想に」 「かわいそうに」 「ややが消えるような家の子供と、遊んじゃなんねえと」 「ややが消えるかかぁは、気がふれたんじゃと」 「気がふれたもんの子も、気がふれとるわ」 「いや、ばけもんじゃ、ばけもーん」 「ばけもん」 「ばけもん」 「ばけもん」 ぽろ、と涙が幼子の頬をつたった、その時。 「どうしたの?」 慌てて目をこすり、声を見上げる。 ――そらをもった、おてんとうさまだ。 やさしくあたまをなでてくれた、あたたかい手。 「俺が助けるから、だから君は、それまで強く待っているんだ」 周りの人間を気にしているのか、深く編み笠をかぶったその奥で、それでも空と同じ色の目は、まっすぐに幼子を見ていた。 初めて見る色なのに、それは異形とも呼べる色なのに、幼子は驚きも恐れも感じず、ただ食い入るようにそれを見つめ、 「ほんとに?」 「ああ、ほんとさ。約束だ」 ――この感覚、『奴』の力を持つもの、か。 近付く『魔』の気配に、青年はすう、と息を吸った。 ふっと、幾つかの顔が頭に浮かぶ。 ――心配はいらない。俺が必ず、助けてやる! 姿を現した魔性を、青年は睨みすえた。 |