守り手たる鷹の謡



それは 昔々
追われしひとが海の向こうより渡り来て
この地に住むようになり
追いしひとを忘れてしまったころ
私は生まれた。

生まれる前 私は多くの衣を纏う風の娘 風のかみと共に
日の輝く昼の空
月星の煌く夜の空を 駆け巡っていた。

ある日私に 清くえらいかみがみが言った。

「困っているひとがいる 我らに祈りを捧げるひとがいる
 いかずちに乗りて 彼の木に宿り
 そのひとの力になれ」と。

私は言葉に従い
もっとも猛々しく もっとも素早いいかずちのかみの背に乗り
ざわざわと枝を風に揺らすその木に 矢のように飛び込んだ。

その勢いはすさまじく しかと木が私を受け止めたことを感じながらも
私は気を失った。

目を覚ました私は 一つのかたちを得ていた。

鋭い嘴
力強い爪
星のような光を放つ目
大きく たくましい翼
私は一羽の大鷹の姿となっていた。

私にかたちをくれたのは 一人のひとの若者だった。

若者は 私がぶるんと身をふるわせ
ぱちぱちとまばたきすると
驚いて腰を抜かした。

それで私は 優しい声で若者に言った。

「ひとの若者よ
 私は清くえらいかみがみの命に従い
 いかずちに乗りて 大木に宿った魂である
 私にかたちをくれてありがとう
 しかし あなたは何故に 私のかたちを作ったのか?」と。

若者は驚きをまだ残しながらも 真剣な顔で私に言った。

「清くえらいかみがみの使いの方よ
 私には恋人がおりました
 しかし恋人は 悪いかみにさらわれてしまったのです
 恋人は私の命と同じぐらい大切です
 私は清くえらいかみがみに祈りました
 悪いかみから恋人を取り戻させてくださいと
 そうしたら夢に 清くえらいかみがみが現れて おっしゃったのです
 『村の北の大木にいかずちが落ちる
  その木より 小太刀の鞘と柄 そして
  大鷹の像を作るがよい
  木より作った 鞘と柄は小太刀に悪いかみを討つ力を 与え
  大鷹はお前を 悪いかみの元に導くだろう』と
 清くえらいかみがみの使いの方よ
 どうか私を悪いかみの元へお導きください
 私に恋人を取り戻させてください」と。

若者の言葉を聞いて 私は自分のなすことを知った
私はばさりと翼を広げた
大きくたくましい翼は 丁寧に作り上げられている
私は言った。

「よろしい ひとの若者よ
 私はあなたに力を貸そう
 さあ 若者よ 小太刀にあなたが作った柄をつけ
 あなたが作った鞘におさめよ
 そしてそれを腰につるせ
 その時から お前は男であり 女であるものとなる
 この世にあり この世になきものとなる
 それこそ悪いかみを討つ力
 さあ おいで 若者よ
 あなたが作った 私の強い翼 速い翼が あなたを導こう
 あなたの望みを叶えるために
 ただし 覚えておきなさい
 私は あなたを導き あなたの戦いに力を貸す
 だけど私が守るのは あなたではなく あなたの力
 清くえらいかみがみが あなたに作らせ力とした
 その小太刀の 柄と鞘
 それだけは 忘れてはならないよ」と。

若者は「はい」と答え 小太刀に自分が作った柄をつけ
自分が作った鞘におさめ 美しい刺繍の施された紐で
腰につるした。

そして私と かみがみの力を授かった若者は
若者の恋人を悪いかみから取り戻すために 旅に出たのだ。

それは長い長い旅
いくつもの日が昇り沈み いくつもの月が
満ちて欠けて 昇って沈んだ
それはとても辛い旅であったけれども
若者は一度たりとも 弱音を吐かず
長い長い道を 私の後についてきた。

そして 私達は 悪いかみの元へたどり着いた。

若者は勇敢に 悪いかみと戦った
いくつもの日が昇り沈み いくつもの月が
満ちて欠けて 昇って沈む間
若者は 小太刀を振るい 魂を振るい 悪いかみと戦った
私も 強い翼 速い翼をはばたかせ 鋭い爪と嘴で 若者を助けた
悪いかみはとても強く とても辛い戦いだったけれども
若者は最後まであきらめず とうとう 悪いかみを打ち倒し
大切な恋人を取り戻した。

若者と恋人は 抱き合って喜んだあと
粗末ではあったけれども 心のこもった祈りを捧げ
悪いかみの魂を かみの国へとおくった。

全てを終えて 若者は言った。

「清くえらいかみがみの使いの方よ
 あなたのおかげで こうして私は 恋人を
 取り戻すことができました
 心から 感謝いたします
 清くえらいかみがみの使いの方よ
 一つお願いがあります
 私はかみがみの力を授かった この小太刀を
 村の宝として 伝えていこうと思うのです
 今度他の悪いかみが現れた時 村を ひとを 守ることができるように
 ですから 清くえらいかみがみの使いの方よ
 私を導いてくださったように この小太刀の次の使い手を
 次の次の使い手を 次の次のそのまた次の使い手を
 ずっとずっと次の使い手を
 導いて欲しいのです」と。

私は首を曲げ ほんの少し考え
若者に告げた。

「勇敢な若者よ
 あなたは倒した悪いかみの魂を きちんとかみの国へおくりとどけた
 立派な心の持ち主だ
 心優しき若者よ
 私はあなたの願いをきこう
 あなたの次の その次の ずっとずっと先の次の
 その小太刀の使い手を 私は見ていこう
 導こう
 この身が朽ち この魂がかみの国に還る日まで」と。

若者は喜んで 言った。

「ありがとう 清くえらいかみがみの使いの方よ
 お礼に私は あなたとこの小太刀に 名前をつけよう
 このひとの世界でより強く より長く いられるように」と。

私は喜んでそれを受け その日から ひとの世界で生きることとなった。



それから長い長い時が過ぎ
若者の孫の孫の孫の そのまた孫の時
ある娘が 小太刀の使い手となった。

前の使い手は 娘の父親であり
私は死した父親の願いと 娘の魂の輝きに導かれ
小太刀を娘の手に運んだ。

女でありながら 戦士であり
巫である娘
髪を長くのばしながらも
女の印を刻まぬ娘
女でなく 男でなく
この世にありながら この世にないもの
この小太刀は この娘の手にあるために
長い 長い 時を経たように
私は思った。

私も また。

一番の使い手を 小太刀が得た
それは もっとも強力な 悪いかみの出現を意味していたのかもしれない
ひとの知らぬ 海の向こうより現れし
強大で 恐ろしく 汚らわしい 悪いかみ
ひとの国も かみの国も 穢し 壊す 悪い力
それを恐れたかみがみは それを嫌ったかみがみは
自分の国に引きこもってしまった。

川は ぴちぴち跳ねる鮭が戻らず
山は のしのし歩く熊が消え
野は ぴょんぴょん駆ける鹿がいなくなった。

風も木も水も火も 押し黙ってしまった。

娘は 旅立った
悪いかみの力を討つために 討って かみの国におくるために
かみがみがまた ひとの国に
川に 鮭が 山に 熊が 野に 鹿が
戻って来るように
風も木も水も火も 言葉を取り戻すように
故郷の村を旅立った
私 ただ 一人とともに。

それは長い遠い旅
それは二つの長い旅
いくつもの日が昇り沈み いくつもの月が
満ちて欠けて 昇って沈んだ
それはとても辛い旅であったけれども
娘は それをけして嘆かず
海の向こう 地の向こう
悪いかみの 眠る地に
娘と私は二度 たどり着いた

一つは 南の地
深い 憎しみと哀しみに 捕らわれた魂
美しい 妖しの 悪いかみを主と仰ぐ若者

一つは 北の地
遠い憎しみと 孤独しか知らぬ 魂
長い髪を振り乱した 悪いかみに仕える巫女

娘は 勇ましく 猛く 戦った
二度 どちらも
細い体 細い腕を朱に染め
苦痛か 哀しみか 怒りか
顔を歪めながらも
それでも 娘は戦った
私もまた 鋭い嘴と爪 強く速い翼を振るい 戦った
それは長い長い時
いくつもの日が昇り沈み いくつもの月が
満ちて欠けて 昇って沈んだ
永劫と思われた 辛い苦しい戦いの 果て
娘の振るう 小太刀は 悪いかみの力を打ち砕いた。

濁っていた大気が 晴れていく
悪いかみの力が 消えていく
しかし娘は気づいた
奇妙なまでに世界が 静かなことを。

傷だらけの 娘は 悪いかみをおくった娘は
私を見上げた。

私は知っていた。

私は言った。

「かみの国は遠い
 さらに 悪い力を嫌い 恐れ 入口を
 かみがみは閉ざした
 誰かがかみの国まで行き かみがみに
 悪いかみの力が 消えたことを 伝えなければ
 かみはひとの国に 戻らない
 川に鮭は 山に熊は 野に鹿は
 帰ってこない」と。

その時
「私が」と
か細い声がした。

ひゅるりと風が舞う
その中に私と娘は 風のかみを見た
だがどうだろう
かつては美しい衣 見事な刺繍の衣を幾重にも
纏っていた女のかみは いま
ぼろぼろの衣を 一枚きり 羽織っているだけだった。

「私は この日のために ひとの国にとどまった
 悪いかみの 力が 私の 美しい衣
 見事な 刺繍の衣を 切り裂き はぎとった
 残ったのは この ぼろぬの一枚
 でも かみの国に戻る ことは できます」と。

風のかみはふわりと その かつては美しく
見事な刺繍のほどこされていたはずの 衣を広げた
だがかなしいかな 風は弱く とても
かみの国までたどり着けるとは 思えなかった。

「これを!」

娘は私に 小太刀を持った手を 差し伸ばした
父親から 受け継いだ 片時も身から離さなかった
小太刀を
娘は 私に 渡した。

ふわ と 娘は 広布を羽織ると
たん と 足で かろく 拍子をとった
たん たん たん たん
たんたん たんたん たんたん たんたん
くるり と娘は回った
ひら と 広布が大きく広がる
たんたんたん たんたんたん たんたんたん たんたんたんたん
たんたんたんたん たんたんたんたん たんたんたんたん たんたんたんたん
拍子は次第に速くなる
娘が回る速さも速くなる
かろく かろく 軽やかに 踊る
風の踊り
ただの女 ただの娘に戻った 娘が
傷だらけの娘が 踊る 踊る
踊る。

美しいと 私は思った。

ふわ と 広布が 風をはらみ 舞った
すう と 風のかみの細い
腕が広布を取り 身に纏う
飾り気のない広布が この上もなく
美しいものに 見えた。

ふわ と 風のかみが 纏っていたぼろ布を投げる
それは見る間に 最高の刺繍がほどこされた
この上もなく美しい 衣に変わり
くるくると踊る 娘の身に絡みつく。

いつしか 娘と同じように 風のかみも踊っていた
いつしか 踊るかみのその身には
遠い昔 近い昔と同じように
美しい衣 見事な刺繍の衣が 幾重にも
纏われ 軽やかに風に乗り
きらめく風を 生み出していた。

踊りながら風のかみは 言った。

「娘よ
 娘よ 軽やかに踊る娘よ
 優しき娘 かわいい娘
 私と共に 来ておくれ
 かみの国のかみの扉
 かみがみがまた開くように
 川に鮭が 山に熊が 野に鹿が
 ひとの国に かみがみが
 また戻って来るように
 娘よ 呼んでおくれ かみがみを
 私と共に」と。

娘はかろく 地を蹴った。

その細い体を 風は優しく抱き止める
抱き止められたまま 娘は踊る
その身に 美しい衣 見事な刺繍の衣を
幾重にも纏って
娘は言った。

「行きましょう 風のかみよ
 時には猛き 時には優しき 風のかみよ
 私は あなたと共に かみの国の扉を開きましょう
 ひとの国へかみがみが
 川に鮭が 山に熊が 野に鹿が
 また 戻って来るように
 私は 呼びましょう 共に生きる かみがみを」と。

ひらり と 娘は衣を 翻す
優しい風 力強い風が 空を野を 山を川を 里を森を 海を丘を
駆け抜けていく かみがみの 
鮭の 熊の 鹿の 戻って来る時を 告げるために。

風のかみと 手を取り 軽やかに踊り
娘は 私に言った。

「伝えて 伝えて
 ひとに 故郷のひとに 海の向こうのひとに
 かみがみが戻ることを みんなが戻ることを
 そして
 私が 戻ることを
 みんなが戻ると同じに 私も戻る
 その日のことを」と。

そして 娘は 風の中に 行った。



私は 遠い昔 長い長い昔 最初の若者が作ってくれた
強い翼 速い翼をはばたかせ
私の生きてきた 国へと戻った
しっかりと 小太刀を携えて
次のひとに 伝えるのではない
その日まで 私が守る 小太刀を携え
その日に みんなが戻って来ることを伝えるために
私は

そう 私はこうしてこの国に この村に
戻ってきたのだよ。

それは 最初の若者との約束のために
それは 今の娘との 約束のために。

と。

清くえらいかみがみの使いの大鷹は
新しい風に 語った。


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