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青い瞳、金の髪の忍ガルフォードは、ちょっとした試練に耐えていた。 心はヤマトダマシイでも、正座は得意ではないようである。 そろそろ足の感覚が怪しくなってきている。 それを視線の端に捉えながらも、半蔵は、急ぐ様子もなく、茶筅を取った。 「茶道ってのがどんなのか、一度やってみたいんだ」 ――綾女殿が何か吹き込んだな。 と、思ったものの、半蔵はガルフォードの頼みを聞くことにした。 時間もあるし、ガルフォードもこうした経験をするのも悪くなかろうと思ったし、茶を点てるのは久しぶりだったからだ。 茶の匂い、茶筅が立てる音、全てが心地いい。 忍事とかけ離れたそれらが、半蔵は好きだった。 茶筅を、置く。 ガルフォードの前に、茶碗を置く。 恐る恐る、といった風に、青年はそれを取った。 先ほど半蔵に教わった通りの所作で椀を回すが、どうにもぎこちない。 まあ、初めてなのだからしようがない、と思いながらも、半蔵の口元は、微かに緩んでいる。 その脳裏には、自分に初めて茶を点ててくれた娘の姿が、浮かんでいた。 十年ほど昔に、出会った娘。 この青年と同じ、青い瞳だった。 艶やかな漆黒の髪。 雪のように白い、肌理の細かな肌。 ほっそりとした、華奢な、小さな体。 ほんのり桜色の唇。 そして、瑠璃色の瞳。 長崎の出であるという母方の血に、南蛮人の血が混じっていたために、こんな目になったのだと、娘は言った。 その目のせいで、鬼姫、橋姫と陰で囁かれているとも。 それでも屈託なく笑っていた。 強い娘なのだと、半蔵は思った。 娘は、守らねばならない相手だった。 ある事件を追い、その途中で殺された、目付の娘だった。 目付けは、事件の真相までたどり着いていたはずだった。そしてそれを託されたはずなのが、その一人娘。 半蔵の役目は、娘を守り、事件の真相を聞き出すことだった。 役目を果たすために、半蔵は側仕えの侍として娘の屋敷に入った。 「お前は何も言わないのね」 娘は半蔵にそう言った。 首をかしげた半蔵に、さらに言葉を続ける。 「私の目を見て、恐れも、驚きも、好奇も見せなかったのは、お前が初めて。 お前はいったい、何者なの?」 半蔵は何も答えなかった。 驚かなかったわけではない。 好奇の思いを抱かなかったといえば、嘘になる。 お役目の中では、自分の感情を表に出さない、それが当然になっていた、ただそれだけだった。 服部半蔵に命が下ったのだから当然だとはいえ、娘の父親が、そして娘が持つ「事件の真相」は大きなもののようだった。 半蔵が屋敷に入って、三度、娘は襲われた。 一度は屋敷の中で、二度は屋敷の外で。 いずれも娘はことなきを得た。 だが屋敷の中で襲われたとき、半蔵は軽い傷を負った。 躱わせたはずの攻撃だったが、娘の目があったため、「忍」として動けなかったのだ。 半蔵にしてみれば怪我とも言えないものだったが、娘は随分とそれを気にしたようだった。 そして娘は、せめてもの感謝の印としてだろうか、半蔵に茶を点ててくれたのだった。 「傷の痛み、まぎれるといいのだけど」 「……………」 傷のせいだけではない、ぎこちない所作で半蔵は茶碗を置いた。 娘の視線は、いつもと違っていた。 「いい香りでしょう。血の匂い、鉄の匂いとは、まるで、違う…」 頷く。 娘は一つ、ため息をついた。 「お前は何も言わないけど、わかることも、あるの。 でも」 青い目を伏せ、娘は呟いた。 「…なにでしょう」 言いながらも、半蔵は娘が自分の素性を察したと、思った。 「でも、言って欲しかった」 その言葉は、普段の娘に似合わない、さびしそうなものだった。 だからといって何かできるというわけもなく。 それから三日後、半蔵は役目を果たし、屋敷を出た。 誰にも、言わず。 娘にいとまを告げることもなく。 それきりだった。 いくつもの役目の中の一つだった。 だが、それからしばらくして、半蔵は茶道を習い始めた。 忙しい役目の合間を縫って、少しずつ、学んでいった。 それまで、忍としての技術を磨くことしか興味を持っていなかった半蔵であったから、周りの者は不思議がった。 だが半蔵は、決して理由は話さなかった。 自分でも、よくわからなかったので。 「どうだった?」 終わった! とばかりに足を伸ばしたガルフォードに、半蔵は問うた。 「ちょっと…辛いですけど、でも、悪かないですね」 痺れた足に軽く眉をひそめ、ガルフォードは言った。 「そうか」 軽く笑んで、半蔵は、頷いた。 茶の香気は、まだ、部屋の中に微かに漂っていた。 |
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