夕餉が終わり、膳を下げた楓に、縁から綾女は声を掛けた。 辺りは既に夜の帳に包まれ、天では無数の星々が煌めいている。 「片づけは後でいい。こっちへおいで」 「はい」 素直に頷いて、楓は綾女の側にきちんと正座する。 「お前は、よく働くな」 「そうすることしか、できませんから」 「お前は何故、ここにいる」 「何故……ですか?」 「このままでは、お前、あれの、蘇枋の妻になるより他はないぞ」 「なれますでしょうか」 楓は、小さく、笑った。 無理でしょう、そう言っているような、笑みだった。 そしてその中に、綾女は楓の覚悟を見た。 詳しい事情を綾女は未だに聞いていないが、この少女は半蔵達の任に巻き込まれ、その結果としてここに連れられてきている。楓が忍の実態をどれほど知っているかは綾女は知らない。 だがそれでも、楓は自分の運命が人の手に握られていることを理解しているのだと、優しげな笑みに知った。 「なりたいのか?」 「…………」 困ったように、楓は目を伏せる。その頬がほんのりと染まっているのが、星明かりの中にも見えた。 「……どこがいいのやら……」 あの少年――そろそろ青年になろうかという、あの小僧のことを記憶から引っぱり出し、綾女は首を捻った。 ――愛想がなく、口数も少ない。からかうとそれなりに面白みはあるが…… 忍としては相当の出来物になりそうだが、正直、綾女なら伴侶とするのは御免こうむるところである。 ――左門の爪の垢でも煎じて飲ませれば、少しはましになるだろうか。 「わかりません。でも、この人だと……」 律儀に綾女の呟きに答えながら、ますます楓は頬を赤くしている。 ――たで食う虫も好き好き、か。 ふむ、と納得する。 「それならば、お前は忍を知らねばならん」 「技や、術ですか」 小首を傾げた楓に、綾女は頷いた。 楓の表情に、少し堅さが見える。動き出した運命を感じ、緊張しているのだろう。 「それもある。だが忍そのもののことを知るのがまず第一だ。 お前はこれより我らの世で生きる。知らぬではすまされぬ」 「……承知……いたしました。 お教え願えますでしょうか」 頷くその一瞬だけ、楓の声が震えた。 己が選んだ道の重さに負けまいとする決意に。 「うむ。 そうと決まれば」 にっこりと、綾女は笑った。楓の見せた弱さを、好ましく思い。 「まずは、一献つきあえ」 どこからどう取り出したのか、大徳利一つと、杯が二つ、綾女の手の中に現れていた。 「ほう……たいしたものだ」 改めて綾女は楓をいたく気に入った。 「いえ……」 頬を桜色に、今度は酒のために染めて、楓は微笑んだ。 手に、もう何度空にしたかわからない、杯を持って。 ――そう言えば。 あの時も満月だった、と綾女は思い出した。 月は、星々を従えて静かに輝く。 何語ることなく、ただ全てを見つめる。 酒を酌み交わす父子を。一人杯を傾ける女を。 過去も未来も問うことなく、ただ、見つめる。 |