(メストムック収録バージョン)
「……幻庵様、行ってしまわれるのですね?」
「未練がましいケ。あざみ」
不知火一族の最強戦士である幻庵は、血がざわめくのを感じていた。それは幻庵だけではなく、不知火一族の者すべての者が何かを感じ取っていたのだ。皆、時がたつにつれてだんだんと落ち着きが欠け、そわそわとした様子を見せた。ただ、それは決して不快なものではなく、女子供の泣き叫ぶ声や人を殺めることの爽快感などのような、邪を好み闇に生きる者たちの、心地良い何かであった。
だが、幻庵には他の者とは少し異なる感情があった。魔性の歓喜の中で、なおかつ気に入らない要素が心の中に生じていた。自分に代わる何者かが魔の頂点に立とうとしているのではないか?原始的ではあるが、彼の第六感がそう告げていた。
「血がワシを呼ぶケ、血が騒ぐ方向に進み、その中心となる者を骸と変えた時、ワシが魔道の王だんケケケ!」
不知火一族の歴史を遡ると魔界にまで通ずる。何らかの影響で不知火の祖先にあたる者が人間界に落ち、そして交わり、現在に至ったのであろう。その有様を語り継ぐものはなく、ましてや覚えている者さえもいないが、邪悪なる血だけが知っている、魔界の記憶。それが天草を復活させたアンブロジァと共鳴しているのだろう。
「オトウチャ、いってらっしゃい」
何も知らない子供たちが、不気味な笑顔を浮かべている。
「幻庵様、どうかお気をつけて」
あざみはその場で泣き崩れた。まだ未練が残るのであろう。
「ついて来るなケ」
妻の名前を付けた爪を鳴らして、幻庵は鬼哭島を後にした。
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