(ALLABOUT収録バージョン)
<……息子よ、そなたを必ず解放してやろうぞ。>
服部半蔵親子は出羽山中で修行中であった(※1)。ひとたび修行となると、半蔵は息子の真蔵(※2)に容赦しなかった。何時何処で朽ち果てるかもしれない忍びの身ゆえに、生きている間に自分の持つ技の全てを後継者に託す意味もあったのだろう。
毎日朝早くから夜遅くまで修行は続けられた。半蔵の若き後継者も、尊敬する父親から全てを学びとろうと必死であったが、まだ技量がついていかなかったがために、いつも父親に対し劣等感を抱いていた。(※3)
どんよりとした雲が太陽を覆い隠し、昼間だというのに薄暗いある日のことだった。半蔵は伊賀忍群の頭領に呼ばれ(※4)、真蔵一人が修行に明け暮れていた。どうやっても父親の望む成果を上げることが出来ずに、劣等感だけが先走りしてしまう。父半蔵は私生活でも師匠としても多くを語らない寡黙な男だった。(※5)だが、周りの者は半蔵と真蔵を比べては、真蔵の不甲斐なさに愚痴をこぼしていた。実際、父半蔵は伊賀忍群の中でも最強と呼ばれ、天分の才に恵まれた忍びであった。(※6)
「父を超えるとまでは言わない。認められるようにならなければ……!」
口癖のように呟いたとき、真蔵の頭上でこの世の者とは思えないかん高い男の声がした。
「父を超えるなど造作もないこと。我が力を貸そうぞ。」
振り向いたときはにはもう遅かった。邪悪なる霧が真蔵を包み込み、その魔性の魂が体内に潜り込もうとしている。その時、息子の名を呼ぶ半蔵が一陣の風とともに現れた。
「遅かったぞ!貴様の息子は既に我が肉体となった。……魂はいまごろ死霊の餌食よ。」
と言って、半蔵を見た真蔵の顔は歪み(※7)、邪悪な笑みを浮かべた。
「お主に身体を乗っ取られるは我が息子の未熟。だが身体は返してもらうぞ!!」
話し終えると同時に半蔵は大きく跳躍し、かつては息子であった真蔵、いや天草めがけ剣を抜いた。だが、天草は人とは思えない動きでそれをかわし、宙に浮き、高笑いとともに姿を消した。(※8)
半蔵は天草が消えた虚空を見据えながら、静かに抜いた刀を鞘に戻した。辺りは何も無かったかのように虫の声が響いてる。
「……息子よ、そなたを必ず解放してやろうぞ。」
服部半蔵は初めて私事のため、刃を抜く決意をした。
(※1)伊賀忍群の本拠地から遠く離れたこの修行地は、半蔵の師匠夫婦が隠れ住んでいた地である。余談ではあるが、ガルフォードとアースクェイクもこの地で修行した。
(※2)半蔵にはもう一人勘蔵という名の息子がいるが、まだ幼く修行出来る程の年齢ではなかった。
(※3)この思い込みがのちに魔人・天草四郎の魂を呼び込むことになるのだが。
(※4)実はこの召集は半蔵を真蔵から引き離すために天草四郎が仕組んだものである。
(※5)寡黙な反面、その内には家族を思う心は人一倍強かった。
(※6)真蔵も他の忍びに比べると優秀だったのだが、半蔵は伊賀忍者歴代の中でも、五本の指に入るほどの才能を持っていた。
(※7)あの天草四郎時貞の顔は真蔵の素顔ではなく、アンブロジァとの契約の証として変形した顔である。
(※8)本当の真蔵ならばかわすことの出来ない攻撃だったが、天草は乗っ取った肉体の能力を100%引き出すことが出来るため半蔵の剣をかわすことが出来た。 |