ナコルル <天空の鷹少女>


公式ストーリー

 (メストムック収録バージョン)

 旅立ちのカムイノミ(神事)は夜通し続いていた。明け方には、村の宝刀チチウシと守護鳥ママハハと共に旅立たねばならない。村の未来を彼女に託し、必ず良い知らせを持って帰って来るだろうと、期待に胸膨らませる村人の視線がナコルルには辛かった。
 話は数ヵ月前まで遡る。

 彼女は自然の声を聞くことの出来る巫子の家系に生まれた。歴代の巫子のなかでも秀でた能力を持っていたナコルルは、数日前から自然の声が悲痛な悲鳴に変わっていくのを感じ取っていた。大自然の声はナコルルに教えてくれた。
「魔性のものが我らを死に至らしめようとしている。このままでは、そなたの故郷カムイコタンだけではなく、全世界が破滅に導かれるであろう」と。
本当は旅立ちたくはなかった。しかし、自然を、愛する人々を救うためには元凶を断つしか方法はない。
 血を流す以外に解決方法があるのなら、そちらを選択したかった、と儀式の直前ナコルルは祖父母に語った。人を傷つけることを嫌う少女は今、優しい村人たちのため、森の動物たちのため、そして、敬愛してやまない大自然のために自分の気持ちを抑えて旅立とうとしていた。
「……エモニ(長老)、フチ(おばあさん)、行って来ます。もしママハハが宝刀チチウシを持って帰ったら、そのときは…」
 守護鳥ママハハが村の宝刀チチウシを持って帰るということは、所有者の死を意味する。戦士であったナコルルの父が帰らずに、宝刀チチウシだけが戻って来たように。ナコルルの最後の言葉が声となって発せられることはなかった。心配そうに見守る祖父母を元気づけるかのように、彼女は一転して明るい表情をみせた。
「大丈夫、わたしは死んだりなんかしないわ。きっと帰って来る。大自然の敵を倒して、ママハハと宝刀チチウシと一緒にね。それじゃあ、いってきます!」
 迷いのない笑顔だった。心の中のわだかまりを捨て、自らの使命をまっすぐに見据えた、そんな表情だった。
 朝日が雪に反射してキラキラと輝くその日、ナコルルは祖父母に向かって大きく手を振り、故郷を離れた。必ず戻って来ると心に誓って。




 (ALLABOUT収録バージョン)
<すべては運命>

 ヌササン(祭壇)の炎が揺れる。旅立ちのカムイノミ(神事)は夜通し続いていた。明け方には村の宝刀「チチウシ(※1)」(メノコマキリと総称される婦人用小刀の一種/メノコ=女、マキリ=刀)と守護鳥「ママハハ」と共に旅立たねばならない。コタン(村・集落)とそれを包み込む大自然の運命を彼女に託し、必ず良い知らせを持って帰ってくるだろうという。エカシ(長老)やフチ(おばあさん)達の視線がナコルルには辛かった。

 話は数ヵ月前に遡る。

 ナコルルはト゜ス(巫術)(※2)やウエインカル(観自在・透視術)の能力を継承する家系に生まれた。歴代の巫女の中でも秀でた能力を持っていた彼女は、数日前から自然の声が悲痛なものに変わってゆくのを感じていた。日増しに大きくなってゆく大自然のペウタンケ(警告の悲鳴)はこう伝えていた。
「暗い魔性のウエンカムイ(悪神)が我らを死に至らしめてしまう。あああ暗いこのままではアイヌモシリ(アイヌの土地)だけでなく全世界が闇に包まれてしまう」(※3)
 そしてコタンコロクル(首長)達によってある決定がなされた。しかるべき血筋のものが、大自然をのみ込んでゆく邪悪なものの本体をつきとめ、必要とあらば戦わなければならない、と。

 ナコルルの名が自然と挙がった。様々な神秘的な能力を持っていた家族の中でも、ナコルルの能力は特に秀でていた。雪解けのせせらぎのように真っ白な心は、大自然のカムイ達さえもとりこにしたようだ。ナコルルが森を歩くと木々は優しく揺れ、小鳥達はゆっくりとはばたきながら少女に歌いかけた。

 全ては運命だった。

 旅立ちのカムイノミの直前にナコルルは、誰も血を流さずに済む方法があるのならそちらを選択したい、とフチに語った。血を継ぐ者とはいえ、ナコルルはまだ17歳。本当は旅立ちたくなどない。ましてや戦いたくなどは決してない。しかし、大自然と、それを愛する人々のためにはウエンカムイを断つしかない事も良く解っていた。人を傷つける事を嫌う少女は今、優しいコタンの人々の為、森の動物の為、そして敬愛して止まない大自然の為に自分を抑え、旅立とうとしていた。

「……サノウクエカシ(サノウクじいさま)、モナシフチ(モナシばあさま)、行って来ます。……もしママハハがチチウシを持って帰ったら、その時は……」

 言葉は途中で消え、最後まで声にならなかった。守護鳥ママハハがチチウシを持って帰るという事は、主たるト゜スの死を意味する。(※4)ラメトク(勇者・戦士)であったナコルルのアチャ(父)が還らず、チチウシのみが戻って来たように。心配そうに見守る祖父母を元気づけるかの様に、少女は一転して明るい表情を見せた。

「大丈夫!私は死んだりしないわ。きっと帰って来る。きっとウエンカムイを倒して、ママハハと一緒にね帰るわ!…………それじゃあ、いってきます!」

 朝日が雪に跳ね返りキラキラと輝くその日、ナコルルは愛する人々に向かって大きく手を振り、故郷を離れた。迷いのない笑顔だった。心の中のわだかまりを捨て、自らの使命をまっすぐに見据えた、そんな表情だった。

(※1)アイヌ民族に伝わるユーカラ(神語)。
(※2)アイヌ語でtu(トゥ)をカナ一文字で表記する方法として「ト゜」もしくは「ツ゜」が使われている。
(※3)アイヌ民族に伝わるト゜スクル(預言者)の御信託。
(※4)もちろんママハハはナコルルの良き友人であり、しもべであるが、ナコルルが選ばれしト゜スであるように、ママハハも然るべき運命にある。よって主たるト゜スの死に際しては、宝刀チチウシをカムイコタンに持ち帰らねばならない。


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