魔界の扉は閉ざされた。 祖国の家族の許へと戻ったシャルロットは、真の平和を楽しみながらも胸のうちの不安がまだ残っていた。 (アンブロジァの使い魔がまだ残っているはず……) シャルロットが難しい顔をしていると、軽く二回ノックが鳴り、銀のトレイに暖かいショコラを運んできた老婦人(ウイエイヤール)が入って来た。 老婦人はシャルロットの顔を見るや、 「お嬢様(マドモアゼル)! また旅に出ようなんてお考えじゃありませんよね!」 手厳しく言った。 「ばあや、分かってちょうだい。わたしは魔に操られている人々を、見捨ててはおけないのだ。それに、このフランスに今後なにもないとは限らないのだし……」 「ですが、ですが、お嬢様。コルデ家のお嬢様ともあろうお方が着飾りもせずに、毎日毎日剣を振り回して、こんなに傷を作って……!」 「わたしは虚飾に溺れている貴族(アリストクワット)ではいたくない。民衆(ピュブリック)の為の貴族でいたいのだ。これは私の選んだ道なのだから……それに案ずることはない。モーントシャイン・ドラッヘ帝国(ライヒ)のズィーガー殿の結婚式(※1)にも招かれているのだ。ちゃんとドレス(ローブ)は着るから……」 「シャルロット様……」 泣きじゃくる老婦人に、シャルロットは頬にキス(ベゼ)をして抱き締めた。 ばたばたと、足音がして、弟(フレール)のカルダンが部屋に飛び込んで来た。 「姉様(スール)! 姉様の絵が仕上がりました! 早く、見に行きましょう。ほら、ばあやも姉様の勇姿が描かれた絵を見に行かないと」(※2) 弟にせかされてホールへ行くと、シャルロットの父や母、それにコルデ家に仕える召し使いたちが一同に集まっていた。 シャルロットが絵を覆っている布をめくると、真なる悪を倒し人々を安らぎの地へと導くシャルロットの姿があった。 誰もが息を呑んだ。 「素晴らしい(プロデイジュー)。素晴らしい絵だ、ありがとう(メルシー)。わたしも旅立ちを決意できた……」 シャルロットの言葉に屋敷の者は騒然となった。 「また、行かれるのですか?」 「姉様!」 「シャルロット……」 申し訳なさそうにシャルロットがうつむくと、老婦人がこの場を制すように言った。 「お嬢様は、私たちの……この国の為に行かれるのです。快くお送り出してさしあげましょう」 屋敷の者は寂しそうな顔をしながらも、シャルロットの旅立ちを祝った。 旅立ちの日はやって来た。 シャルロットは誰にも告げず旅立つつもりであったが、勘の鋭い老婦人に見つかってしまい、老婦人に見送られての旅立ちになった。 「いいですか、お食事は毎日栄養の事を考えてお取りください。睡眠もたっぷりと、夜更かしは美容によくありません。それから……」 老婦人が続けて言うのを、シャルロットは遮り、 「わかった、わかったから。心配しないでも大丈夫。それよりも、父や母や弟のことをお願いね、ばあや」 シャルロットはそう言って愛馬に跨った。 「いってくるわ」 爽やかな朝日がシャルロットを照らした。 (※1)ズィーガーのエンディング参照 (※2)魔界が閉じると同時に、意識不明だった画家は意識を回復し、シャルロットが戻ってくることを告げた。また、すぐに絵を描く準備を始めたらしい。 |
天草は倒したが、背後にいたアンブロジァを倒したわけではない。シャルロットは、ずっとそのことが気になっていた。そのとき、天草との闘いを描いていたお抱えの画家が、何者かに取り憑かれたように、筆を運びはじめ、ついには見たこともない異形の者を描きあげた。 「やはり、アンブロジァが……決着をつけねばなるまいな」 |