「団長(コマンダント)!」 板金鎧に身を固めた騎士が数人駆け寄ってくる。 「お前たち……」 団長と呼ばれた男が旅支度の手を止めて振り向く。 男の名はナインハルト・ズィーガー。紅き獅子聖騎士団(※1)の団長であり、「千の破壊者(タオゼント・シュトウルムウィント)」と呼ばれる最強の騎士である。 「やはり、行かれるのですな」 一番最後にやって来た老騎士が問う。 「うむ、皇帝陛下の直々の命だからな」 言葉少なく答える。無愛想な返事だったが、騎士たちには十分だった。(※2) 「しかし、何も隠れるようにして出て行かれなくても」 「そうですよ。団長程の人が共の者も連れずに」 若い騎士たちが口々に言う。 しばらく話を聞いていたが、ズィーガーは手を挙げて、騎士たちの話を制し、こう切り出した。 「おまえたちも近隣諸国の噂は聞いているだろう」 即座に老騎士が答える。 「近隣の国々では何やら怪しげな者共が世間を騒がせているとか……」 ズィーガーは口元に笑みを浮かべて言う。(※3) 「うむ。そやつらの元凶を突き止め、倒すことがわたしに与えられた使命だ。……それに密命なのでな」(※4) 「それならばなおさら共の者を……」 「我々のうち、誰かを……」 口々に切り出した若い騎士の言葉を遮って、 「わかりました。そうとなれば、あなた様がご不在の間、我らがこの国を護っておきましょう」 老騎士が力強く言った。 ズィーガーはその待っていたかのように、老騎士と若い騎士たちを見ながら、 「みんな、頼んだぞ」 と言った。 若い騎士たちは、ズィーガーの言葉を聞き、直立不動の姿勢で、 「わかりました」 「がんばります」 それぞれの思いの言葉を述べ、そして、騎士たちは各々自分の為すべきことをするために戻って行った。 ズィーガーは散って行く騎士たちを見送りながら、再び旅支度を始めた。 「おお、ズィーガー殿」 振り向くと、大きな包みを抱えた若者を従えた老人が歩いてくる。 「待たせたのう。ほれ、仕上がりは完璧じゃ」 若者たちが包みを台の上において開くと、巨大なガントレットが姿を現した。ゆうに普通の5〜6倍はありそうな代物で、見た目に何やら仕掛けが施されているのが伺い知れる。 武器の名を“ズァリガーニ”(※5)、ズィーガー専用の武器である。 「関節がだいぶ傷んでおったので直しておいた。弾薬も十分じゃぞ」 と、老人は器用に片目をつぶる。 「いつも済まないな、親父」 ズィーガーが頭を下げると、親父と呼ばれた老人はすぐさま言った。 「なーに、いいってことよ。それに、こいつの整備は儂でないと無理じゃからな」 事実、このズァリガーニを整備できる人間は制作者たるこの老人だけだった。ズィーガー自身も詳しいことは解らないが、老人が言うには西洋科学と東洋魔術の結晶(※6)であるらしい。 ただ、言えることは、これが魔物に対抗しうる最強の兵器であるということだった。 数時間後、ズィーガーは外から城壁を見ていた。しばらくはこの風景を見ることはあるまい。次に見るときは、使命を果たして戻って来た時だけだと…… そして、もう一度城壁に目を向けると、そこには二人の人物が立っていた。 「あれは……」 ここからでも見間違えようの無い、彼の仕えるべき皇帝陛下ハインリッヒとエリザヴェート皇女(プリンツエッズイン)である。皇女はズィーガーに気づくと軽く会釈をした。 ズィーガーは右腕(ズァリガーニ)を天に向かって突き出した。 「我が生命にかえても必ず」 轟音が澄んだ青空に響き渡った。 (※1)ズィーガーを団長とする紅き獅子聖騎士団≠ヘ比類無き強さで、ヨーロッパ最強と言われており、過去数百年に渡って他国からの侵略を許さなかった。 (※2)彼と一緒に修羅場をくぐり抜けて来た者たちなので、それだけで十分であった。またズィーガーのコンプレックス「笑顔がつくれないこと」も暗黙の了解であった。 (※3)騎士団のなかにも、この情報を軽視する者もいたのでズィーガーは少し心配していたがこの答えを聞いて安心した。 (※4)「千の破壊者」の二つ名を持つズィーガーがいないと知ると他国がこの国に侵略してこないとも限らないので、公にすることはできず、密命とした。 (※5)この武器は老人が製作した中でも最高の出来栄えである。それゆえ、使いこなすのが難しく、ズィーガー以外は指一本すら動かせなかった。 (※6)この老人、少し変わり者であったらしい。西洋では研究されていない東洋の「気」や「呪術」と言われるものにも精通していた。この国が強かったのは、この老人が作る兵器によるところもあった。 |
ヨーロッパ最強の軍隊「赤き獅子聖騎士団」の隊長。最近、彼の祖国でも魔物が現れるようになった。難攻不落といわれた城内で、ズィーガーが正体不明の者に襲われたことを知った行程は、彼に魔物討伐の命令を下す。 だが、ズィーガーはまだ気づいていない。彼もまた、魔物に狙われていることを……。 |
ヨーロッパ・プロシア王国に隣接する位置に、その国はあった。国家すべてが傭兵をしており、強力な兵士を諸国に送り出すことで、財政を賄うという類い希なる軍事国家である。後方は断崖絶壁、前方は見晴らしの良い盆地と、侵略を防ぐために適した地形に城は立ち、城壁の倍はある壁と複雑な構造になった、難攻不落と言われる城には「紅き獅子聖騎士団」と呼ばれるヨーロッパ最強の軍隊が常時待機していた。 「ズィーガーよ。近隣諸国の噂は聞いておろう」 皇帝ハインリヒが側に仕える男に言った。 最近ヨーロッパの国々で貴族や騎士たちが民を殺し、農作物を焼き払うという自滅的な行為を行っているという噂が広まっているのだ。 「そなたも先日、訳のわからぬ者に襲われたそうではないか」 以前、ズィーガーは城の中で魔物に襲われたことがあった。この強固な城の何処から侵入してきたのか、それさえも判ってはいない。それよりも、誰が皇帝にズィーガーが襲われたことを進言したのか。ズィーガーはその時のことを皇帝に語ってはいなかった。 「このままではこの国も諸国と同じ運命を辿るであろう。本来なら騎士団を総動員してでも正体のわからぬ敵と戦わなければならないところだが、このような状況では、いつどこの国が攻め入ってくるやもしれぬ。そこで、ズィーガーよ、そなたに此の件の調査を、解決を頼みたい」 ズィーガーは皇帝の依頼を受け、魔物討伐の旅にでた。 |