とある藩の城警護役、柳生 磐馬。 彼の仕える若き君主が、人形師による興行を見て以来、奇行を働きはじめ、藩内を混乱させるようになる。この事態に、 磐馬を慕ってやまない幼き姫君まで心を痛め、憔悴してしまう。これを見た磐馬は、元凶である人形師を追って旅立つ。 だが、城にいるはずの姫君が後を追ってきて…。 |
さる大名家で、城の警護一切を取り仕切り、また同時にこの周辺一帯の幕府直轄の継ぎ飛脚を統括する任をおった磐馬は、雲まで届くといった表現がそのまま当てはまる大男である。 その豪胆かつ実直な仕事ぶりは、藩内ではつとに知られ、一癖も二癖もある国元の老家老たちからも一目置かれる存在である。 また、裏柳生の流れを組む武術の名うての使い手であり、特にその柔術と西洋伝来の大筒を独自に改良したからくり大筒の扱いは、天下に二人並ぶものがない。 しかしこの男、生まれつきの異相なのである。一言でいえば、醜男。しかもその悪鬼のような面に、不釣り合いなまでに満面の笑みを浮かべている。いついかなる時も、たとえ何があっても、その岩のような顔面に、笑顔である。 彼は、笑いながら怒り、笑いながら泣くのである。どのような感情をあらわにしようとも、彼の顔面には、笑顔、笑顔である。 これは、発明好きのこの男が、子供の頃に火薬の調合を誤って、ちょっとした爆発事故を起こした後遺症である。 彼はその時、誰もが寝静まった丑三つ時、屋敷の片隅にある納屋で、数ヵ月にも及ぶ苦心の成果の最後の調整をおこなっていた。 母親に、決して火薬を子供一人で扱ってはいけないときつく注意されていたにもかかわらず、彼は火薬を使った大がかりなからくりものを開発していた。 これが完成すれば、天地がひっくり返るほどの発明品である。彼はいよいよ最後の部品をはめこむと、神妙な面持ちでからくりを始動させ…。 物音一つしなかった邸内に、ポンと小さな破裂音が響いた。納屋の天井が焦げ上がった。 この時、爆風が彼の顔を、下から真上にねじりあげた。一瞬のうちに、風力が顔の筋肉をこれ以上ないというほど伸びきらせた。 これ以来、男の異相には、どうやってもとれない笑みが貼りついた。 けれども、皮肉なもので、そのお陰で異相に愛嬌が出た。かえって友人が増えたぐらいである。 さらに城にあがるようになると、その異相に浮かぶ笑みのお陰で、藩主の一人娘、ご息女であらせられる姫に大変気に入られるようになった。 今では、いまだ幼き姫君は、この男なしでは夜日もあけぬといった有様なのである。 姫曰く、耳まで裂けるほど大きく開いた口から見える、これまた大きな白い歯が、大変かわいらしいのだという。 |
この姫の父上にあたる某藩藩主が、ある日を境に奇妙な振る舞いを見せはじめる。 名君の誉れ高き人物であったのだが、なぜか突然、御乱行ともいえるほどの奇行を働きはじめたのである。 幸い家中の者たちがこれに気づき、ことが公になることは防がれたものの、藩主の悪行は収まるどころか、ますますひどくなるばかりであった。 公儀がこれをかぎつければ、藩は取りつぶし、お家は断絶である。それどころか、このままでは藩主手ずから、藩をつぶしてしまうことになりかねない有様である。 まだ幼い姫は、この事態に大変心を痛め、一日中部屋へ閉じこもり、ふさぎこむようになってしまう。 これを見た磐馬は、姫の笑顔を取り戻し、藩の危機を救うべく、密かにこの事件の背後を調べはじめる。 その結果、ようやくのことで、藩主はある人形師の興行をご覧になって以来、様子がおかしくなったことを突き止める。 この人形師にだならぬ影を感じ取った磐馬は、謎の人形師を追い求め、旅に出る。 ところが城に置いてきたはずの姫は、この異相の男を追って国を抜け出す。 今さら追い返すわけにもいかなくなったこの男は姫を連れ、修羅の道を歩きはじめた。 |
火器銘:破岩丸(はがんまる) 作:銘 磐馬 作日:1789年(天明9年) 火器の分類:腕装着型投射性火器 砲身長:2尺1寸 重さ:およそ7貫 射程:最小10丈から最大250丈まで可変 説明:「千の破壊者」の異名を持つズィーガーの投射性火器ズァリガーニのあまりにも見事なその仕組みに、いたく感動した磐馬が数年の歳月をかけ、完成させたカラクリ大筒。 ズァリガーニよりも一まわり小さいものの、その性能はまさるともおとらない。 現に、完成したばかりの破岩丸の試射では、火薬の調合をまちがえた磐馬が、標的の大岩どころか、その背後にそびえる城の本丸まで粉々に吹き飛ばしてしまったというとんでもない逸話まで残っている。 |