『心』を奪われた半陰の女、「色」。 彼女は壊帝ユガの命により、半陽の男を手にいれるべく闇の世界より現れた。 そして、ようやく半陽の主と思われる剣士を見つけ出す。 その剣士の名は「覇王丸」。色は覇王丸を闇の世界へ連れ去るべく、彼の後を追う。 |
心≠奪われ、魔に幽閉された女。 凍るほど白く小さな顔に、朱に濡れた唇、ふるふるとかすかにそよぐ長いまつげ、紫にけぶる瞼、そしてその下の眼窩にはめられた、蒼と紅、左右たがう光をはなつ、石のように硬く冷たい双眸。 事物をただ映すだけの役割しか与えられてはいない、ビードロのようなこの瞳と、触れれば吸いつくような、きめの細かい滑らかな背に、まがまがしくも鮮やかに彫りこまれた胎児≠象徴する妖しき文様が、女の背負わされた十字架のように重い宿命を表す。 その宿命とは、半陰の主として、半陽の主と契りを交わすことにより合体し、壊帝ユガの新しき肉となるべき子を宿すこと。 女は、そのためだけに剣を握り、ぎりぎりの死闘を演じる。 だが、皮肉なことに、その命のやりとりの瞬間にのみ、女の胸の奥底にわずかに残された心のかけらがぶるぶると震えはじめ、人形≠ナあるはずの彼女を惑わせる。 |
澱が幾重にも沈殿し、光も音も時をも呑みこんだ闇の底。重く垂れこめた漆黒が、よどんだ淵に座りこむ彼女を覆い、魔窟へと押しこめていた。 厚い陰に遮られ、彼女の目には何も映りはしなかった。が、網膜に焼きつけられた思い出は走馬燈のように脳裏をぐるぐると駆けめぐっている。 たなびく黒煙。劫火に焼かれる村。苦悶の表情を浮かべ、炎に包まれる人々。父や母、そして彼女が大好きだった兄は、肉が焼ける痛みにのたうちまわりながら、どろどろと身を溶かされていく。 そしてその傍らには、嗚咽をあげ、泣きじゃくる…。 いろの欠いた薄い墨絵のようにおぼろげな己の姿が、頭の片隅でゆらゆらと揺れていた。 心≠奪われた彼女には、すべては、過去のモノ≠ナあった。 感じようにも、感じる心≠ェ抜かれていた。 彼女は人形≠ナあった。 不意に闇がたわんだ。ぐらぐらと震えはじめた。 (シキ) 彼女の頭蓋に、声が侵入をはじめた。脳細胞一つ一つに語りかける。甘い囁き。 (おまえのつがいが見つかったよ、シキ…) 声は脳にじわじわと染み入り、頭の中を満たしていく。 (シキ…さあ、いっておいで。お前の子宮に子を宿す、半陽の主を捕まえておいで) 声でいっぱいだった。わんわんと、声が頭蓋でうなっていた。だが、声は語るのをやめない。 (シキ、我が新しき肉となる赤子を…早く…) 声があふれた。どぼどぼと外に流れ出す。途端、彼女の中の何かが、カチリと鳴った。 「…はい」 彼女は顔をあげ、ゆっくりと立ち上がりながら呟いた。 人形≠ヘ、動き出した。 |
刀銘:陰魔輪(おんまりん)、陽神輪(ようしんりん) 作:不明(恐山にある洞窟の祠に祀ってあったもの) 作日:6月6日(刀の封紙に書かれていた日づけ。年数は不明) 刀剣の分類:直刀 日本刀の分類:環頭太刀の一種? 刀身:2尺6寸、1尺6寸 造りこみ:切刃造り 説明:古代の剣・太刀などに最も多く見られる形式で、刃部が二等辺三角形のくさび形。 その名の通り“陰”と“陽”を表す二振りで一対の異形の刀。磁石のように常に引き合い、離れると共鳴しあい、不可思議な高い音色を発する。 刀身は、古墳時代に大陸から伝えられたものに、最も近い。が、当時のものとは異なり、十数枚にも及ぶ鉄を幾重にも合わせて鍛え上げているので、その硬度はきわめて高く、岩をも紙のようにたやすく裂く。一方、柄の部分ではあるが、刀身との間の環が非常に特徴的で、柄頭部分のまがたまを思わせる曲線とともに直線が基調となる刀の中に“丸み”という独特の対照美を生み出している。 |