右膝と右手を地につき、左膝の上に左手を置く。軽く顔は伏せる。 その姿勢で、言葉を待つ。 縁に立った伊織は、庭の半蔵を見下ろしながら、首筋に手を置いた。 その辺りの空気がざわついている気がする。半蔵に命を下すときは、他の者の時とは違う、独特の緊張感があるものだが、今のそれはさらに異なっている。 原因は容易に推測できるが。 ――楓殿……か。 だが伊織は手を下ろし、腕を組むと、いつも通りにいつもとは異なる命を下した。 「『鬼』が現れた。帯刀するものを襲い、殺しているそうだ。それを『討て』。 お前一人でな」 「『討て』、と」 顔を伏せたまま低く、しかしよく通る声で、言う。 「そうだ」 「忍に、『討て』と」 「あれだけのことをしでかしたモノだ。闇に葬るわけにはいかん。故に、『討て』」 「……その後は」 半蔵は知っている。その命の意味を。己がしでかしたことがもたらした結果を。 そして伊織も、半蔵が知っていることを知っている。 それでもせねばならぬやり取りであった。 「何も、変わりない」 伊織は言った。 「戻ることができればよし。できねばそれまで」 「どちらを」 「儂の決めることではない」 「……承知」 答える。 「まずは近江へ。最近姿を現したとの報がある」 「御意。 されどいくつか、尋ねたき儀がございます」 「何か」 「鬼は、帯刀する者のみを殺めている、と」 「そうらしい。人相書きは、その場に居合わせた無刀の者達によって作られたそうだ」 「いま一つ……」 すうっと半蔵は顔を上げる。 ……ぱしゃっ 水が跳ねる。小さく跳ねる。 そのせいだろうか。ほんの一呼吸、半蔵の言葉は遅れた。 「…同行の者のことですが」 「ならん」 その一呼吸分早く、伊織の目は半蔵の目を捕らえている。 「これは命である」 「……御意……」 先ほどよりも低い声が、戻った。 |