迷雨 伍


 あか、あか、あか、あか、あか。
 一面の、あか。
 あれは、衣の緋?
 花の赤?
 焔の朱?
 それとも、血の、紅……?

 閃く銀は答えない。

 あれは『むげん』だ。
 『むげん』の技を使う『鬼』。
 知っている、ただ一つのもの。
 探しているもの。
 求めているもの。
 記憶を、自分を得るために、会わなければならない。
 それは『鬼』も望むこと。
 『鬼』が呼ぶから。『鬼』が求めるから。
 だから、だから………

――『鬼』……?

 ……どうして……?

「何故、邪魔をするぅ……オナジくせに……ぃぃぃ……ィィッ!」

「『鬼』いぃィィぃぃ!!!」

「……………!」
 閑丸は、目を開いた。
 闇だ。光のない闇がある。深い、先の見えない、心に巣くう不安と同じ、闇。
――ああ……
 夢を見たのだと、気づく。
 いつもの夢だ。その証に、いい知れぬ恐怖と不安が心を満たしている。
 それらは同時に、たまらなく甘美なものだった。
 少年が持っている、数少ない、「己」のもの。この上もなく不安定でいて、確かなたった一つの、数少ないもの。
 だから、その中に安堵を感じる。
 いつもと同じはずだった。
 だが、胸の奥、心の奥に、いつもと違う不安がある。何かわからない、異質な不安が、ある。
――破沙羅のせいかな……
 身を起こし、胸を抑える。
 不安が収まらない。多くのことがあったせいだろうか。
――僕は…ナニ……?
 破沙羅は閑丸を同じと言い、『鬼』と言った。
――何故……?
「……どうした」
「!」
 夜闇から聞こえた声に、はっと顔を向ける。光の全くない部屋の中では、何も見えないのだが。
 だが、そこには半蔵が眠っていたはずだ。その向こうには、楓がいるはず。
「ごめんなさい。起こしてしまったんですね」
「『鬼』の夢を見たのか」
 気配から察するに、半蔵は横になったままのようだ。
「……はい」
「そうか」
 それきり、言葉は途絶える。
 眠っている女の人の息遣いだけが、聞こえる。
 まだ、半蔵は眠ってはいない。
 雨の中で閑丸を見ていた鳶色の目。映していながら、映し出さないあの目は今も閑丸を見ている。
――ああ……
 ぎゅ、と手を握りしめる。
 夢の中に起きた『異変』を、思い出す。
 不安が生み出す安堵を揺るがす、不安。それはきっと、この人達に会ってしまったから。
 だがそれは、望みを叶えるしるべとなる……かも、しれない。
――だから……
「半蔵さん」
「……なんだ」
 少し間を置いて、それでも答えは返った。
「あなたは、『鬼』を知っているんですよね」
 うわずりそうな声を必死に押さえ、閑丸は問うた。
 確かめたい、知りたい。答えが欲しい。ほんの少しでいい……知りたい。半蔵と楓はあのようなモノまで関わるほどのつながりがある、つまり、それだけ深く『鬼』を知っている…ひょっとしたら、『鬼』の方も、知っているかもしれない……。
 それは、『僕』へつながるものと、なる。なるに決まっている。
 だから!
「教えて、ください!」
 声を潜め、それでも精一杯強く、闇に呼びかける。
「……………」
 半蔵は答えない。
 閑丸はそれを肯定と取った。
「僕は、あなた達について行きます。
 そうすれば……『鬼』に、会える。僕は、自分を知ることができる……!」
「………………」
 また、答えは戻らない。
「ついて、行きますから」
 もう一度、言った。
 やはり答えはない。
 閑丸は横になった。
 この二人と行けば、『鬼』と会える。望みが叶う。
 だけど。
 きっと、この不安も大きくなる……
 ぎゅっと目をつぶる。
 はっきりとそこに、見えていた。

――『鬼』は……『鬼』は僕を見ていなかった……

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