手毬歌 弌


 加賀藩と富山藩の境の山あいに、その村はあった。
 家が十もない小さな村であった。
「あの村ですか?」
「そうらしい」
 半蔵達は山道から村を見下ろしていた。
「何か『鬼』と関わりがあるのですね」
「行ってみねばわからん」
 言いながらも半蔵は村を見つめ、なかなか動こうとはしない。
 怪訝そうに楓と閑丸は顔を見合わせる。
「どう……」
 楓が問おうとしたとき、半蔵は口を開いた。
「随分と子供が多いな」
「子供、ですか」
「うむ」
 言われて二人は、改めて村を見下ろした。
「あ……」
 確かに村に見える人影の多くは子供のようだ。大人の姿もあるが、数人しかいない。
「どういうことなのでしょう?」
「さて……
 ……何用だ」
 村の方に目をやったまま、ぼそりと半蔵は言った。
――え?
「流石に聡いな。もうちょっと近づけるかと思ったんだがな」
「え!?」
 知らない男の声に、慌てて閑丸は振り返った。
 閑丸からわずか三間ほどの所に、いつの間にか男が一人立っていた。
「よっ」
 左手を軽く挙げ、その男はにかと笑った。
 年の頃は二十の半ばか。ひょろりと背が―少なくとも半蔵よりも三寸は―高く、合う着物がなかったのか、渋染めの着物の袖や袴の裾から足も腕もむき出しになっている。ひどい癖毛で、一応束ねているもののどうにも無駄な抵抗でしかない。跳ねた髪の下の、太い眉のなかなか男前の顔からは陽気そうな気質が見て取れる。
「何用か」
 男の方に体を向け、半蔵は低く繰り返した。その目は軽く細められている。
「用?」
 男の目を、剣呑な光がかすめた。
 身を左に捻ったのと、どちらが速かったか。
 半蔵が一歩前に踏み出しながら、左腕を上げる。
 しっ、とようやく空が鳴った。
 がっ
 正確に半蔵のこめかみを狙った男の蹴りを受け止める。同時にもう一歩踏み出し、右肘を突き上げる。
 片足立ちの姿勢でそれを躱わそうとした男の体が大きくのけぞり、はずみで釣り合いが崩れる。
「っとっとぉっ!」
 とんっ
 素っ頓狂な声を上げつつも、男は片足で器用に跳躍し、とんぼ返りを打つ。ついでに振り上がった足で半蔵に蹴りつける。
 その足を躱わしつつ半蔵はさらに踏み込み、ちょうど地に着いた男の両手を足で払った。
「ろろっ!?」
 男は当然倒れる。だが右肩を視点にして地面を転がり、半蔵から離れる。
 そこを逃さず半蔵は素早く男の右腕を取るとねじり上げ、地に組み伏せた。
「いま一度問う。何用だ」
「……痛いって」
 無言で半蔵は力を入れる。
「だだだだだっ、言う、言う、言うから頼む、離してくれっ!
 降参、参った、俺の負けっ! だから……あでででででっ!」
――………うるさい。
 半蔵は力を少しだけ緩めた。だがまだ解放はしない。
 男は恨めしそうな目を半蔵に向けたが、無表情なその顔に諦めの息をつくと、
「お前さん達の刀を預かりに来たんだよ……っと、待て待て待て待てっ!」
 半蔵の放つ気の微妙な変化に、慌てて男は言葉を続けた。
「ひょっとして、弥六さんから何にも聞いてないのか?」
「弥六殿だと?」
「聞いてないみたいだな……」
 まいったな、と男は自由な左手でがしがしと頭をかく。
「……あれ?」
 楓に目を留め、男は首を捻った。
「はい?」
 困った風に二人を見ていた楓は、その視線に首を傾げる。
「……………………いや」
 じぃっと楓を凝視した後、男は首を振った。
「わかった、説明するぜ。
 だから離してくれよ。この状態で話せるほど短いことじゃないんでね」
「その前に」
「ん?」
「何故、襲った」
 にか、と男は再び笑みを浮かべた。
「そりゃ、「服部半蔵」の力が見たかったからに決まってるだろ。
 一応俺だって、忍のなっ……でででででっ!」
 半蔵は無言で男の腕をねじり上げた。

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