二 服部半蔵


 忍が嗤う。
「下がれっ!」
 認識するより早く声が出る。
 弾かれるように配下の忍達が跳び下がる。
 一瞬遅れて、轟音。
 土煙が舞い、ばらばらと様々な大地のかけらが降る。
「…………」
 ためらい、駆け出す気配一つ……二つ。
「空木(うつぎ)!」
 声に応じ、一つがそれを追う。
 気配が遠ざかる中、地に吸われるように土煙が静まっていく。
 土のにおいに、火薬と血、肉の焼けるにおいが混じる。
「木賊(とくさ)、縹(はなだ)」
「ここに」
 うっすらと残る土埃の向こうに立つ影が二つ。足元に、もう一つ。先に斬られた者だ。
 あの忍の姿はない。空に漂う血肉のにおいだけが、残った。
「桧皮(ひわだ)は」
「大事は、ありません」
 倒れていた影が、苦しげに身を起こす。深手だが、命に関わることではないと見える。
「縹は残れ。桧皮が動けるようになり次第、先に戻れ」
「はっ」
 一人が頷いた時には、半蔵ともう一人の姿はもう、なかった。


 忍が嗤う。
 親しげに、僅かに苦く。
 あの嗤いは、と、半蔵は思う。
 お前と己は同じだと、そう言っていた。
 理解していた。確かに同じものが、あの忍の中にはあった。
 怒り。
 同じものに対する同じ怒り。
 同じなのだと、半蔵も知っていた。
 同じ忍だからこそ抱く怒りだ。忍であってことなるものへの怒りだ。
 それは、「あれ」には決してわからないだろう。


「半蔵様」
 駆けながら、木賊が言った。
「どうなさいますか」
 その中にも、怒りがあると半蔵は思った。
 これも忍だ。当然だろう。
 おもしろいものだ、とも思う。
 任の最中は感情など持つものではない。不要なそれらを下手に持てば、任を果たせぬばかりか、己の身を危うくする。
 だが先刻、あの忍も、己も、この木賊も、おそらくは他の者達も怒りを持った。
 敵味方なく、その一点であの場の者が皆同じ気持ちであったこと、「あれ」は気づいただろうか。
「任を果たすのみ」
 一度だけ見逃して欲しい。人にものを頼むなど滅多にしないあの女性が、頭まで下げた。
 わかることなどできようもないが、せめて知り、考える時を与えてやってくれ、と。
 半蔵は答えなかった。
 見逃すかもしれない、見逃さないかもしれない。
 見逃せるかもしれない、見逃せないかもしれない。
 己でもわからなかった。
 だが、形は成った。ならば二度目はない。
「承知」
 木賊は言葉を返し、それきり無言だった。
 ひう、と風を切る音が聞こえた。

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