月夜のことでありました。 丸い丸い月が、天のいただきでかがやいておりました。 しかし森の中には月の光はあまりとどきません。 森はくらいくらいやみをだいておりました。 そのやみの中を、アイヌの男の子と女の子があるいておりました。 男の子と女の子はしっかりとたがいの手をつないで、不安を顔にあらわしておどおどと森の中をあるいておりました。 男の子と女の子の年は七、八才ぐらいでしょうか。男の子は木のかわでそめた茶色いきものを、女の子は草でそめた青いきものをきております。どちらのきものにも、みごとなししゅうがほどこされておりました。 また二人とも、それぞれの着物と同じ色の布を頭にまいておりました。男の子の布にはきものと同じようにししゅうがほどこされておりましたが、女の子の布にはししゅうはありません。しかし、女の子の首にはきれいな石をつないで作った、くびかざりがかけられておりました。 二人の顔は、そっくりでした。もちろん、男の子は男の子の顔をしておりますし、女の子は女の子の顔をしております。しかしそっくりな二人でありました。 それもそのはず、二人は双子なのでした。 そっくりな二人は、そろって大きな黒い目をしておりました。いまそれはやみへのふあん、二人きりのこころぼそさにゆれております。それでも、男の子の目の黒には力づよいものが、女の子の目の黒にはやさしいものがそれぞれありました。 それにしても、小さな男の子と女の子がどうしてこのようにくらい森の中にいるのでしょうか。アイヌもカムイも多くが眠りついてしまう時間です。コタンを守るフクロウのカムイならばおきているかもしれませんが、このようにコタンからはなれたところにはいないでしょう。 「かえりたい……」 女の子が泣きだしそうな顔で言います。 男の子はこたえません。女の子はますます泣きそうな顔になると、 「かあさま、おこってるよね……」 じつは二人は森にあそびにきて、道にまよってしまったのでした。いつもあそんでいるところではものたりなくって、少しだけ、少しだけとすすむうちに、かえるみちがわからなくなったのです。 「ねぇ」 「………………」 ぎゅ、と男の子は口をむすんだまま、あるきつづけます。 くらいくらい森は、ぶきみなほどにしずかです。どこに二人のコタンがあるのかなにもおしえてくれません。 「……あれ?」 女の子がふいに立ちどまりました。 「なに?」 男の子はおこったような顔で―実はせいいっぱいこわさをおさえているのです―女の子を見ます。 ふっとその上を、音もなくなにかが飛びさります。 それはコタンコロカムイ―コタンを守る、フクロウのカムイ。 『こんなところで何をしている』 それは大きな声ではありませんでした。でも夜の闇の中では小さな声でも大きく聞こえるもの、そして二人ぼっちだった男の子と女の子には大きく聞こえたのでした。 二人の顔がこわばります。 「だ、だれ!?」 「どこだ!」 男の子と女の子は身をよせあい、ふるえながらあたりを見まわしました。しかし答えは返りません。 「で、出てこい……!」 男の子はこしにさげていたメノコマキリをぬきました。 この女の人用の刀は、ほんとうは男の子と女の子の母親のものです。しかしみこでありせんしである母親の刀をいちどでいいから持ってみたかった男の子は、こっそりと持ちだしていたのでありました。 『こんなところで何をしている』 さっきと同じ言葉が返りました。 ぎゅ、とつよくメノコマキリをにぎり、男の子はかまえます。まだ男の子には大きいそれを。 目を、耳を、いしきをやみにこらします。 『……』 「なにか」が自分たちの前、ほんのすうほ先にいることに、男の子と女の子は気がつきました。 やみの中にかろうじて見える形からさっするに、アイヌ、のようです。しかし、なにかちがいます。とてもよく似ているけれども、たしかにどこかがちがうのです。 それだけではありません。「いる」という感じがしないのです。 「お、おおおまえ、わ、悪いカムイだな!」 ふるえる声で、しかし男の子は言いました。 悪いカムイをおそれてはいけません。おそれはやつらに力をあたえます。こわくても、こわさをおさえて立ちむかわなければならないのです。 『……何故、そう思う』 静かに「なにか」は問いました。静かな声でしたが、よく通る、力のある声でした。 「……っ、だ、だって……!」 こんな時間に、そしてこのような場所にいるのは、悪いアイヌかカムイに決まっています。だいたいいる気がしないものが、ふつうのアイヌであるはずがありません。 そのとおりのことを男の子は言いました。 『だがお前達は悪いアイヌでもカムイでもないだろう。ならば儂も同じだ』 「なにか」はそう答えました。 男の子はこまりました。「なにか」の言うことには「いちり」あります。 「ねぇ」 こまっている男の子のそでを女の子がひっぱります。 「……なんだよぉ……」 「悪いアイヌじゃ、ないよ」 小さく小さく、女の子は言いました。 いるのにいる気がしない、ぼんやりとした形だけのもの。だけど女の子は、なぜかこの「なにか」はこわいという気がしないのです。たしかにはじめはびっくりしましたが、なんだかなつかしいという気さえ、するのです。 「うー……」 メノコマキリをかまえ、男の子は「なにか」をにらみつけました。女の子の言うことはわかります。同じように男の子も感じます。 でも、たとえ悪いアイヌやカムイでなくても、あやしいやつにはまちがいありません。ゆだんたいてきです。 そして、「おとこのいじ」というものがあるのです。 「なにか」はそんな男の子をじっと見ているようでした。 でもやっぱり、こわい感じはしない。男の子のとなりでいきをひそめて「なにか」を見ている女の子はそう思いました。 「なにか」が、ふと、男の子の持つメノコマキリに目を向けました。 「その小太刀は……ほう、お前は悪い子だな」 「なんだと!?」 「それはお前達の母上の物だろう。それを勝手に持ち出すのは、悪いことではないのか」 「う……か、かってじゃないよ。ちゃんと、言ってきたんだ!」 そのことばにうそはありません。ただ母親に聞こえないように言ったのでありましたが。 でも男の子は気づきませんでした。この知らない「なにか」が母親を知っていること、自分がもつメノコマキリを知っていることのふしぎさに。 そして、「なにか」の言葉の中に、親しい者に向けるからかいと優しさが、微かに顔を見せていたことに。 「そうか。 しかしお前達、何故こんなところにいる?」 |