花は咲き、日はうららか


「ナコルルさん」
 微笑ましい思いで妹達を見ているナコルルに、声が掛けられた。
 声を掛けたのは、さっきまで勘蔵と話していた巡礼だ。いつの間にか勘蔵の隣から、別の長椅子に移っている。
「はい」
「こちらへ、来ませんか」
「そうですね」
 もう一度、二人に目をやってから、ナコルルは巡礼の隣に座った。
「お久しぶりです、真蔵さん」
 少し声を潜めて、ナコルルは軽く頭を下げた。
「お久しぶりです」
 小さく巡礼―勘蔵の兄、真蔵は頷く。
「……あの、お仕事の途中……でしたか?」
 更に声を小さく、囁くようにナコルルは問うた。申し訳なさそうな表情が顔に浮かんでいる。
「気にはなさらないでください」
 真蔵の優しい口調にナコルルは少し安心した様子を見せたが、
「ごめんなさい……あの子ったら……」
楽しそうに話している少年と少女に視線をやって、困った風にため息をついた。
「応えた勘蔵がいけないのですよ」
 それに、と真蔵は苦笑する。
「私も、同罪ですが」
「あ……」
 真蔵の言葉が意味することを理解し、ナコルルは目を見開くと……クスクスと、笑った。
 その時、だった。

「ばかぁっ!」

 リムルルが上げた大きな声に、真蔵とナコルルはびっくりして目を向けた。
「……な……?」
 呆然と、勘蔵が立ち上がったリムルルを見上げている。
「……知らないっ!」
 リムルルは顔を真っ赤にして叫ぶと、桜の木の方へ走っていってしまった。
 真蔵とナコルルは顔を見合わせると、とりあえず勘蔵の側へ行った。
「どうしたんですか?」
「いや、俺にはさっぱり……」
 訳が分からないと全身で勘蔵は宣言している。
「何事もなくリムルルさんが怒るわけないだろう?」
「うん……」
「じゃあ、何があったか言ってみろよ」
 兄に言われ、考え、考えしながら勘蔵は話し始めた。
「リムルルの衣がさ、前とは変わっていたから、その話をしてた。
 おかしな事は言ってないと……思う」
「言ってないのなら、怒るはずはないと思うけれどな」
「俺もそう思う、けど、『どうして衣変えたんだ?』って聞いたら急に……」
「あの、どうしてって言ったんですか?」
 それまで黙って聞いていたナコルルが、口を開いた。
「はい」
 頷く勘蔵。
「それだ」
「それですね」
「……どれ?」
 得心して頷く真蔵とナコルルを、一人、合点がいかないといった顔で勘蔵は見る。
 そんな弟に、呆れ返って真蔵は言った。
「お前、リムルルさんに「その衣はあまり好きじゃない」って前に言ったんだろう?」
「……?」
「二人で、ユガの作った木偶を倒したときですよ。
 袖や裾が短い衣は、苦手なんですよね?」
 怪訝な顔をする勘蔵に、ナコルルが助け船を出す。
「ああ、そういえば言った、けど、「好きじゃない」とまでは言ってない」
「そういう些末なことは問題じゃない。
 肝心なのは、リムルルさんが新しい衣を着ているということだ」
 言いながら、真蔵は呆れを通り越して感心していた。
 勘蔵がリムルルを『気にしている』というのは間違いがない。任の途中であるのに返事をしたのがその証だ。それなのに、どうしてこうも勘が悪いのか……
――父上の方が、まだましだ。

 くしゃみ、一つ。
 
「…………?」
 まだ勘蔵は要領を得ていない。
「……」
 真蔵は溜息を一つ、ついた。
 その横顔を見るナコルルが、小さく微笑んでいる。
「つまり」
 真蔵は正攻法で説明することに決めた。
「お前が言ったことがもとで、リムルルさんは衣を変えたんだ。
 それなのに、「どうして」と言われたら怒るに決まっているだろう?」
「あ」
 ようやく理解の色が、勘蔵の目に浮かんだ。
 すぐに『しまった』という気まずい思いがそれに取って代わる。
「わかったら、わかってるな」
「……うん」
 うかない顔で、勘蔵は頷いた。助けて欲しそうな顔をしている。
 それには気づかない振りをして、真蔵は桜の木を指差した。
「………………」
「どうした?」
「あ、いや……うん」
 溜息、一つ。
 荷から一つ、何かを取り出すと、それを持って勘蔵は桜の木の下へ走っていった。
「溜息をつきたいのはこっちだというのに」
 苦笑しつつ、真蔵は勘蔵が座っていた長椅子に腰を下ろした。
「でも、気づけないときは気づけないと思いますよ。
 特に男の人って、そう言うところに疎いところがあるものだと、私、聞いたことがあります」
 真蔵の隣に座って、ナコルルは言う。
「……あ」
 二度、三度、真蔵は目をしばたたかせる。
 ふわり、と。
 ナコルルは微笑んだ。
 ふわり、と。
 その長く艶やかな髪を、春風が揺らめかす。
「それは、誰から、聞いたのですか?」

 ナコルルの衣も以前と違ったものであることに、ようやく真蔵が気づいたのはまた別の、話。

次へ
物書きの間トップへ
物書きの間トップへ(ノーフレーム)