花は咲き、日はうららか


「ねぇねぇ、これ、どうやって吹くの?」
 首に“おかりな”をかけ、リムルルは小首を傾げた。
 肩まで伸びた髪が、その顔にかかる。
――前に会ったのは……半年ぐらい前だったか……?
 勘蔵の頭に浮かんだのは、問われたことの答ではなく、そんなことであった。
 伸びた髪の具合からしても、それぐらいだろう。
 だが髪よりも何よりも、その顔つきが変わったと、勘蔵は思った。
 顔立ちにも表情の作り方にも幼さは残っているが、それでもぐんと大人っぽくなっている。
 黒い大きな目が、くる、と動いた。
「ねぇ?」
「あ、ああ、うん」
 何を聞かれたかを頭の中から引き出す。
「ええと、その、出っ張ってるところから吹くって聞いた」
「ここから?」
 リムルルは“おかりな”の吹き口を咥えると、息を吹き込んだ。
『ぽー』
 かわいらしい音が上がる。
「あとは、そっちの穴をふさいだり離したりすると、いろんな音が出る、らしい」
――うん。
 “おかりな”を咥えたまま頷くと、リムルルは言われた通り、穴を指でふさいでみたり、離してみたりしながら、吹いた。
 “おかりな”から流れる音がリムルルの指の動きに合わせて変わる。音は調べにはならなかったが、それでもリムルルには音が色々変わるのが楽しく、表情を輝かせて“おかりな”を吹いている。
――気に入ってくれたみたいだな。
 その様子に勘蔵はほっとし、胸が温かくなる、心地よい嬉しさを感じた。

「この音は?
 あの子、何を吹いてるんでしょう?」
 流れてきた音に、ナコルルは桜の木を振り返った。
「“おかりな”でしょう。勘蔵のリムルルさんへの土産ですよ」
「勘蔵さんの?」
「ええ。長崎で手に入れたとか。
 ……あんな音が出るんですね」
 暫く音に耳を傾けていたが、真蔵は懐から横笛を出すと、しゅるりと息を吹き込んだ。

 ひゃらり

 笛の音は花びらを散らす風に乗って“おかりな”の音を追った。親の真似をする子供のように、横笛の音はできうる限り忠実に“おかりな”の音をたどる。
 最初にそのことに気づいたのは勘蔵だった。
――兄上?
 目を向けるまでもなく、誰が吹いているのかはすぐにわかった。兄の手製の笛の持つ、僅かなくせは聞き慣れている。
 振り返ると、笛を吹く兄と目が合った、ような気がした。
 勘蔵は、兄には珍しい、いたずらな笑みをその目に見たように思った。
――……?

 怪訝な顔をする弟に、もう一つ真蔵は笑うと、それをそのまま横笛の音に、乗せた。

 横笛の音が、“おかりな”の音の、僅かに先を、いった。
 “おかりな”の音が、それに続く。
 横笛の音が、更に先をいく。
 “おかりな”の音が、続く。
 誘うように同じ音を、横笛が繰り返す。
 何度か繰り返すと、気づいたのだろう、ただ続いていた“おかりな”の音が、横笛と同じ音を上げるようになった。
 更に誘うように、横笛は今度は短い調べを繰り返した。“おかりな”はその音を忠実に追う。
 “おかりな”が調べを辿ると横笛は次の調べを奏し、また“おかりな”はそれを追う。
 そんな風に追い、追われる音の流れは、いつしか一つの新しい調べとなっていった。
 高く澄んだ横笛の音が風と化して花びらを舞わせ、やわらかく、春の日差しのようなぬくみのある“おかりな”の音がそれを受け止め、天に放つ――

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