花は咲き、日はうららか


――……この音……
 やっと気づいて、リムルルが笛の音の主、真蔵の方を向いた。
 くる、と大きな黒い目が動く。
――素敵な、音。
 嬉しそうに、楽しそうにその目が笑ったのが、勘蔵にはわかった。
 笑みを浮かべたまま、リムルルは“おかりな”を吹き鳴らす。
――……おれ……
「……じゃま……だな」
 口の中で、小さく呟く。
 笛の音が非道く耳障りな物に思え、眉を寄せる。
 一人取り残されたような寂しさといらだちに唇を噛む。
 白いひとひらが、くるくると回りながら、勘蔵の前を流れていく……

――どうしたの?

 素朴な“おかりな”の音と共に、その眼差しは、向けられた。
 押さえきれない“おかりな”の音を楽しむ気持ちの中に、勘蔵を案じた色がはっきりと、リムルルの中に見えた。

 こおっ

 見えたそれが風と化し、胸にわだかまった苛立ちと寂しさを花びらのごとくに吹き散らす、それを、勘蔵は強く感じた。
――なんでも、ないよ。
 首を振り、笑顔を、返す。
 苛立ちが吹き散らされたあとに残った、こそばゆいような何かが、勘蔵に自然と笑みを浮かべさせていた。

 勘蔵が笑みを浮かべたのを見て、リムルルはほっとした。
 今まで見たことがない目を、勘蔵がしていたのをリムルルは見たのだ。
 寂しいような、怒っているような、そんな目だった。怖いと言ってもいいのかも知れないが、不思議とリムルルは怖くはなかった。
 ただ心配で、不安を少し覚えただけだった。
 だから、笑ってくれて安心したし、とても、とても嬉しかった。
――よかった。
 “おかりな”を吹きながら、リムルルは思った。
――今日は、いい日だな。
 暖かい日だ。きれいな桜を見た日だ。
 勘蔵に会えた日で、“おかりな”をもらった日だ。
 ちょっとだけ、よくないこともあったけれども、それは“おかりな”をもらったことでリムルルは無しにしてあげることにした。
――ほんっと、いい日。
 “おかりな”の音が、リムルルの気持ちに合わせて軽やかに弾む。
 春風に乗り、桜の花びらと共に舞い、流れていく。
――お礼しなくちゃね。
 至極当然のように、リムルルはそう決めた。
――何がいいかなぁ。
 勘蔵に目を向けて、考える。
 何にするにせよ、喜んでくれる物、それが一番。
――何が、いいかなぁ。
 考えるだけで、自然と笑みがこぼれる。“おかりな”の音が更に踊る。
――楽しみにしててねっ。
 見ていてくれる勘蔵に、笑いかける。

 そうしたら。

 なぜだかは二人にはわからないが。
 勘蔵の顔が赤くなり、つられたようにリムルルの顔も、赤くなった。

 しゅるんと風が、花びらを天へ舞い上げた。

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