削り氷


 太陽は天の頂で輝いている。
 光と熱を地にもたらす恵みの太陽である。
 だが、夏場はもう少し手を抜いてくれても良いのではないかと、勘蔵は思った。
 額に浮かぶ汗を拭う手拭いも、随分湿ってしまった。
――この峠を越えれば、町まであと三里、だ。
 自分を励ましつつも、恨めしい気分で天を見上げてしまう。
 空には、雲一つ無い。
 見事に晴れ渡っている。
――行くか。
 日輪を恨んでいても、涼しくなってくれるわけではない。諦めの息を一つ吐いて、勘蔵は再び歩き出そうとし……
――……ん……?
視界に横切った何かに、首を捻った。
 日の光を弾いて、きらきらと光っている。大きさは子供の頭大といったところか。
 勘蔵はそれを知っている。
――あれは……そうだ……
「コンル」
 声をかければ、透き通った菱形のそれが、勘蔵の目の前にふわふわと漂ってきた。
 蝦夷人の巫戦士であるリムルルの友である氷の精霊だ。
 夏場だが、精霊は溶けはしないらしい。それでも少々辛いものはあるらしく、揺れ方がどことなく頼りない。
「この時期は、大変そうだな……」
 つん、と勘蔵は軽くコンルをつついた。
「冷てっ」
 夏に感じることの難しい冷たさが、指先に伝わる。このうだるような暑さの中では心地よかったが、余り触っているとコンルを指先の熱で溶かしてしまう気がして、勘蔵はすぐにつつくのを止めた。
――待てよ。コンルがいるってことは……
「コンル、リムルルは?」
 コンルとリムルルは、いつも一緒だ。コンルがいるということは、リムルルも近くにいるはず。
 勘蔵が問うと、コンルがぴょんと跳ねた。何か伝えたいのか、上上下下左右左右とじたばたと暴れている。
「どうした?」
 何を言いたいのかはわからなくてもコンルの必死さはわかる。真剣な顔で勘蔵はコンルを覗き込んだ。コンルが必死になるのだ、リムルルに何かあったのかもしれない
 と、ふいっとコンルが動いた。ぐるりと勘蔵の周りを一度回り、峠の上へと向かって飛ぶ。
「そっちか」
 袖口で汗を拭うと、勘蔵はコンルを追った。

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