日は、まだまだ眩しく、忌々しいぐらいに照り輝いている。 「こんう……はんぞうさん、ほほいね……」 梅干しを口内で転がし、リムルルは呟いた。梅干しの味にも慣れてきている。酸っぱさとしょっぱさが同居したこの味、慣れれば悪くない。転がす内に、梅干しの実はかじれることもわかった。少しずつかじる内に、梅干しはほとんど種だけになっている。 まだ体のだるさと、熱っぽさは少し感じているが、水を飲んだことと、梅干しをしゃぶっていること、そしてコンルが頭の近くにいて冷やしてくれるので、リムルルの気分は随分楽になっていた。 しかし、水を汲みに行った勘蔵はまだ帰ってこない。 ――水、見つからないのかな…… 勘蔵は忍、水場を見つけるのは得意なはずだ。 しかし、まだ帰ってこない。 ――……なにか、あったのかな…… リムルルは口の中からもう種だけになった梅干しをつまみ出した。口の中にあった感覚より、種は小さかった。 赤い種を見つめ、リムルルはきゅっと眉を寄せる。 ――勘蔵さん、忍だけど……よく高いところから落ちるし…… 「……わかって欲しいこと、わかってくれないし……鈍いし……あ、だから、迷子になっちゃってるのかな……まさか、勘蔵さんも何処かで倒れたりして!」 いつの間にか不安を口にしていたリムルルは、自分の言葉にはっと立ち上がった。 途端、まだ回復しきっていないリムルルを強い眩暈が襲った。くるりと世界が回る。踏ん張ろうとしても、足に力が入らない。そもそも、足にどうやって力を入れるのかもわからなくなっている。 リムルルの手から、梅干しの種が落ちた。 追いかけるようにリムルルの体が、倒れていく。 「あ……っ、ぁ……」 「危ないっ」 危ういところで、力強い腕がリムルルを支える。 顔を見るまでもない。声がしなくても、きっとわかった。やっと、帰ってきた。 ――勘蔵さん…… 「大丈夫か? 急に立ち上がったら……」 「……勘蔵、さん……」 勘蔵の言葉は潤んだ目のリムルルに腕を掴まれ、途切れた。 今の精一杯の気持ちをこめて、リムルルは勘蔵を睨む。 「遅い……」 「ごめん」 ――……心細かったんだろうな…… まだ勘蔵は、そうとしか思っていなかった。だから、勘蔵に座らされながらリムルルが続けた言葉に、虚を突かれた。 「心、配……したんだから……」 「心配?」 「だって、遅いから、何か……あったんじゃないか、って……」 片手で目元をぐしぐしと自分で拭いながら、リムルルは俯く。もう一方の手はまだ、勘蔵の腕を掴んだままだ。 紅い布と、青い布を巻いた、勘蔵の左腕を。 「そっか……」 左腕を掴ませたまま、勘蔵はリムルルの前に膝をついた。 具合が悪いリムルルに心配させたことを、心から悪かったと勘蔵は思った。同時に、具合が悪いのに心配してくれたリムルルの気持ちが、嬉しい。 「心配させて、ごめんな」 感謝と謝罪の気持ちをこめて、頭を下げる。 「うん……」 そおっと、リムルルは視線を上げた。 心配で不安だったが、怒っていたわけではない。勘蔵がこうして無事なら、不安も心配も消えてしまう。 残るのは、勘蔵が帰ってきてくれて嬉しいという気持ちだけ。 安心してようやく、リムルルは勘蔵の腕から手を離した。 「……どうして遅くなったの? 水、なかなか見つからなかった?」 それでも気になっていたことをリムルルが問えば、勘蔵はニッと、少し得意そうな笑みを浮かべた。 「いや、水はすぐ見つかったんだ。 まずは飲んで。まだ喉乾いているだろ?」 腰に下げていた竹筒を一つ勘蔵は外してリムルルに渡した。腰にはもう一つ、水筒よりも細くて小さく、木の棒が刺さった竹筒がぶら下がっている。 ――何かな? 気にはなったが、まずはリムルルは水を飲んだ。最初に飲んだ水と、梅干しのおかげで喉の渇きは楽になったと思っていたが、飲み始めると止まらない。 半分あまり飲んでようやく、一息をつく。 「気分はどうだい?」 「うん、楽になったよ。ありがとう」 口元を指で拭い、こっくりとリムルルは頷いた。その顔色も落ち着いてる。熱はほぼ引いたようだ。 「リムルルが元気になってよかったよ」 ――本当に。 心の中で勘蔵は呟いた。自分の力で助けられてよかったと、リムルルが元気になって嬉しいと、心から思っていた。 ――でも、もっとリムルルに元気になって欲しいんだよな。まだ完全には元気じゃないみたいだし。 小さい方の竹筒を腰から外す。 「俺が遅くなったのは、これを見つけたからなんだ」 「お水……じゃないよね……?」 「棒を抜いてみて」 竹筒を勘蔵はリムルルに渡した。代わりに水筒を受け取る。 言われるままに、リムルルは棒を受け取った竹筒から抜いた。 抜いた棒は皮がきれいに削られ、何か赤いものがついている。潰した果実かな、とリムルルは思った。 正体はわからないまま、よく見てみようとリムルルは棒に顔を近づけてみる。 「……なんだか、甘い匂いがする……」 ――知らない匂いじゃないみたいだけど…… 記憶に匂いは引っかかるが、リムルルは棒にくっついた赤いものには見覚えがない。 一つ言えるのは梅干しではないこと。それは間違いなく確かだ。 「食べられるよ」 「ほんと?」 「本当。棒は、無理だけど」 「……」 赤いものを、まじまじとリムルルは見つめた。ちらりと、勘蔵を見る。 「うまいよ」 勘蔵の顔の笑みは、得意げなものから悪戯なものへと変わっていた。 「ほんと?」 「本当」 「…………」 ぱく、と。 リムルルは棒をくわえた。 あ、とその目が驚きに大きく開かれる。 「ちょっと酸っぱいけど……甘い、甘くておいしいよ」 「だろ? 棒、竹の中に入れてみな。まだたくさんあるから」 「うん」 リムルルは言われた通りに棒を竹の中に入れては、ついてくる赤いものを舐める。 「ほんとにおいしい。 でもこれ、なに? 食べたことある気はするんだけど……」 「知りたいかい?」 勘蔵は笈の中から藍で染めた手拭いと、椀、苦無を取り出した。 「うん。何?」 棒をくわえたまま、リムルルは小首を傾げた。 隣でコンルが真似して傾いている。 ――かわいいな…… 小さな子供のようなリムルルとコンルの仕草に、ククッと勘蔵の喉が小さく、鳴った。 「今、笑った?」 「いいや。 それ、木苺なんだ。小川の近くで、たくさんなってるのを見つけたんだ」 勘蔵は小さく首を振って誤魔化し、赤いものの正体を明かした。話しながら、広げた藍色の手拭いにまだ結構な大きさで残っている氷を乗せる。 ――結構溶けたけど、まだまだ十分だな…… 溶けてできた水は、鍋から水筒に移しておく。 「で、採った木苺を竹筒に詰めて、潰してあるんだ。 竹筒に詰めて潰せば、持ち運びが楽だからね。それにたくさん入れられるってのもいい」 「へぇ……。 なんだか、普通に食べるよりおいしいね」 また木苺を絡めなおした棒をくわえて幸せそうに、うっとりとリムルルは微笑む。 潰して普通と違う食べ方をしているからか、梅干しの味が口に残っていた所為か。今まで食べたことのあるどの木苺よりも、今食べているものはおいしいと、リムルルは思った。 ――……かわいい、な…… 手拭いに包んだ氷を鍋に戻した勘蔵の手が止まった。 ついさっきの幼い表情とはまた違う、リムルルの無防備な笑み。かわいい、と浮かんだ言葉は先と同じだが何かが違うと、勘蔵は意識の何処かで思った。 「……」 「勘蔵さん?」 「…………」 ――またぼうっとしてる……。でも、今日は暑いし……あたしのために水汲んでくれたりしたし、疲れたのかな……? ぼーっとしている勘蔵の前で、ひらひらとリムルルは手を振り、声を掛ける。 「かーんぞーさん?」 「ん、あぁ、なに?」 我に返って目を瞬かせる勘蔵に、小さくこっそりとリムルルは溜息をついた。安心なのか、呆れてなのかは、自分でも少しわからずにいる。 「大丈夫?」 「大丈夫だよ。 これから、いいものを作ってあげるから」 今度は大きく首を振って勘蔵は誤魔化した。 「いいものって?」 「すぐわかるよ。あ、木苺、少し残しておいてくれないかな」 「うん。おいしいんだから、勘蔵さんも食べないと」 「いや、俺は取りながら結構食べたから」 「……え?」 「………………」 問い返したリムルルの声が聞こえなかった振りをして、勘蔵は苦無を使って手拭いで包んだ氷を砕きはじめた。手拭いで氷を包んでいるのは、溶けにくくするためと、破片が飛び散らないようにするためである。 |