人が二人、死んだ。 何者かに殺められたは、明白だった。 町はその話題で、騒然となり、いまだ見つからぬ下手人を恐れてか、町行く人の姿はめっきりと減った。数少ない町行く者も、顔を伏せ、足早に過ぎ行く。 それは、無心流道場もまた例外ではなかった。 壬無川藤五郎という者が師範を務めるこの道場の流儀は、大きな太刀を使う一撃必殺を旨とするものである。この近隣ではかなり名が知られており、結構な数の門人がいる。 だが今日は、主、壬無川藤五郎の姿はなく、門人の姿も疎らだった。 道場に出ている門人達の幾人かは、不安の色を強く、面に表している。 ――知っている者もいるようだな。 それを後目に、斬紅郎は一人、剣を振るっていた。 道場に漂う、陰欝な空気を払う如く、力強く。 斬紅郎は知っていた。殺された二人が、道場主であり斬紅郎の叔父である藤五郎の客であったことを。 それも、なにやら訳ありの者であったらしいことを。 と。 「たーのーもうっ!!」 やや掠れていたが、よく通る元気のよい声が、静けさを、斬紅郎が振るう大太刀が起こす風音を打ち破る。 「たのもう! 壬無月斬紅郎殿は、おられるか!」 もう一度声が響いたとき、斬紅郎は答えを返した。 「おうっ、庭だ庭だ!」 斬紅郎は、大太刀を地に突き立て、汗を拭きながら蘇枋を待った。 大太刀の分厚い刀身では見事な刃紋が波うち、その刃は己がうどの大木でないことを示すかのように、ぎらりと冷たく、陽光を弾いていた。 庭に入ってきた蘇枋の足が止まり、目が、すい、とそれに向いた。 ――む。 斬紅郎の眉根が寄る。 刃の弾く光と似たものが、刃を見つめる少年の目に宿っているのを見た気が、した。 だが、すぐに蘇枋は斬紅郎の方に向く。 斬紅郎が見た光はすでにない。 「ありがとうっ」 元気よく言い、抱えていた傘を差し出す。 「風邪はひいてないみたいだな」 傘を受け取りつつ、言う。 「うん。助かった」 にこ、と一つ、笑み。 ――……むう…… 違和感に、斬紅郎は軽く首を捻った。 太陽の光の下で見るせいもあるかもしれないが、昨日と雰囲気が変わっている。あの時は人に懐かぬ鷹の仔のような目をしていたのに、今は元気のよい、ごく普通の少年にしかみえない。 「斬紅郎殿?」 蘇枋が首をかしげる。 「……ん?」 「俺の言ったこと、聞いていたのか?」 「あ、ああ、すまん」 蘇枋は、やれやれ、とでも言わんばかりに、大仰に息をついた。 「すまんすまん、で、なんだ?」 その大げさな仕草に、浮かびかけた苦笑を抑えつつ、問う。 「俺、ここで剣を学びたい」 「ん?」 「長くは無理だけど、学びたい。駄目か?」 一歩近づき、熱のこもった目で斬紅郎を見つめる。 「いや…」 戸惑いつつ、斬紅郎は首を振る。 断わる理由はない。むしろ、縁のある道場への入門者は歓迎するべきだ。 「だがな……」 いまのこの道場は新しい門人を受け入れられる状態ではない。 「駄目なのか?」 「今ここの門人になるのは、ちょっと無理だ」 「そうか……」 がっかりと、肩を落とす。 「お前、本気で習いたいのか?」 「……うん」 「なら、俺が教えてやろうか」 「本当か!?」 ぱっ、と上げた蘇枋の顔は、心から嬉しそう、だった。 「俺の流派はこの道場のものとは少々違うし、人に教えるのは初めてだ。それでも構わんと言うのなら」 「もちろん! ここに来れば、いいのか?」 「そうだな」 「ありがとう、斬紅郎殿!」 にっこりと、斬紅郎を見上げて、蘇枋はまた、笑ってみせる。 無邪気に、明るく。 |