椿・十


 それからほどなくして戻ってきた浅葱は、「そうさね」と頷いただけだった。
 気成の方が不快感を示し、何か言いたげにしていたが、浅葱を見、蘇枋を見ただけで、結局何も言わなかった。


 楓が旅装を整えた後、三人の忍は少女と共に家を出た。
 斬紅郎はそれを見送った。
 赤い花で一杯の椿の垣の前に立ち、朱鞘の大太刀を超しに差し、一人、去りゆく四人を見送った。
 ぴぃ……ひょろろろ…ろろ……ろ…ろ………
 鳶の鳴く声が天で輪を描き、うっすらと木霊する。
 蘇枋は、ふと、振り返った。
 斬紅郎が抜刀する。
 轟っ!!
 風の叫びが山に響き、乱舞するそれが、蘇枋達を巻き込んで吹き荒れた。
「椿が…」
 風から楓をかばいながら、蘇枋は見た。
 暴れる風に、無情に吹き散らされる、赤い花達を。

 ぴ…ぃ…ぃぃひょ……ろろろろろろ……ひょろひょろひょろ…………

 くるりくるりと、地の風の舞など全く知らずに天で輪を描く鳶の声が、山に戻った。
 蘇枋は顔を上げる。
 斬紅郎は、いた。
 朱鞘を腰に佩き、椿の垣の前に、一人、いる。
 赤ではない、花を全て落とした、緑の垣の前に。
 大太刀を持った右手を、上げる。
 大きく、振った。
 何度も、何度も。
――いつかまた、会える。
 蘇枋は思った。
 天啓を受けるように、唐突に、だが何故か絶対の確信があった。
 そして、手を振った。大きく。

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