「あの、真蔵さんの弟さんって、勘蔵さんですよね」
 また一曲終わった後、不意にナコルルは言った。
「はい。
 ご存知なんですか?」
「いいえ、私じゃなくて、私の妹のリムルルなんですけど」
「リムルルさん……ああ、氷の精と一緒にいるあの子ですね」
 真蔵は会ったことはない。だが彼の中に残る天草の記憶が知っていた。
 それだけではなく。
――つい最近……話を聞いたな。
 視線を上げて、真蔵は記憶をさかのぼった。
――そうか、勘蔵から聞いたんだ。
 確か魔物討伐の任の最中に会ったとか言っていた。
 妙に機嫌よく、それから少しばかり興奮して話してきたのを覚えている。
「はい。
 それで、あの、勘蔵さんって、どんな人ですか?」
「は?」
「ちょっと、気になって……」
 なんだか楽しそうにナコルルは言う。
「そうですね……」
 ふむ、と真蔵は少し思案してから答えた。
「強い奴ですよ。心も、体も。それに羨ましいほどに前向きな性格です。
 ただ、良くも悪くも、大雑把なところがありますが」
 兄であるからこその、軽い辛辣さを笑みにくるんで言葉に含ませる。
「そうなんですか?
 リムルルはそんな風には言ってませんでしたけど」
「リムルルさんは、何と?」
「あの子も、強い人だと言ってました。それにあたたかいとも……あ」
 ナコルルはあることを思い出して右手で口を押さえた。
 腰に手を当て、ふくれっ面をしていた妹の姿が浮かび、押さえた手の下から笑い声が洩れる。
「はい?」
「『あたしの着物が気に入らないみたい』と」
「着物……ですか?」
「着物です」
「着物」
「はい」
 訳が分からない様子の真蔵に、ナコルルは笑いを堪えながら説明した。
 動きやすい格好の好きな妹が、袖丈も裾丈も短い着物を着ていたことを。
「なるほど。
 それは気に入らないというよりも……」
 その格好を見た弟がどんな反応を示したか、真蔵には容易に想像がついた。自分も、そんな格好をしている少女を正視するのは少し辛いな、とも思う。
「ええ、私もわかります。
 きっと、気に入らないわけじゃなかったんですよね。ただあの子はまだ子供だから……」
「リムルルさん、その着物が気に入ってたんですね」
 女心とはそういうモノだ。それぐらいは真蔵にもわかる。
 ……勘蔵にはまだ、わからないようだけれども。
 リムルルのことを話していた勘蔵の様子に、そう思う。
――ああいうところはたぶん、父上に似たな。
 とも、思う。
「ええ。
 でも」
 楽しそうにナコルルは微笑んだ。
「あの子、帰ってきたときにおばあさまに言ったんです。
 『新しい着物作って』って。袖も裾も長い着物をって」
「新しい着物、ですか」
「はい」
「なるほど……」
 真蔵の顔にも、笑みが浮かんだ。
「今度勘蔵が何というか、楽しみですよ」
「私もです」
 兄である青年と、姉である娘は、顔を見合わせてまた、にこりと笑んだ。

 「紅蓮の」の後というわけで。

「さくら」に戻ります