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二 2000年 初春 その二 鷲尾岳三等空尉。航空自衛隊所属のパイロット候補生。 もとへ。 ――元三等空尉で、元パイロット候補生だ。 『ガオズロック』という、『ガオの戦士』なる者の基地―亀型をした大きな岩にしかとりあえず見えないが、飛行可能な移動基地らしい―に与えられた自室のベッド―なんてものがあるということが驚きであるが、とりあえずあったことはありがたい―の上で、鷲尾岳は、自分の今の立場をしみじみと思い返し、しみじみと落ち込んでいた。 苦しい訓練や研修を越え、やっと単独飛行訓練までたどり着いたというのに。 『やっほ〜♪』 『天から降ってきた』闖入者(ちんにゅうしゃ)にF4改ごとさらわれてしまうとは。 【ある日お空で巫女が、極上の笑顔で戦闘機の上に降ってきた。 それも年明け早々に。】 ――ジ○リじゃないんだぞ。 しかも、だ。 「ガオの戦士だと?」 世界に破壊と殺戮をもたらさんとする『オルグ』とかいう角のある化け物、つまりは『鬼』と戦うガオの戦士だと決められてしまったのだ。 「これが夢じゃないってのがなぁ……」 ごろり、と寝返りを打ってぼやく。 鷲尾は既に一匹のオルグと戦っている。慣れない戦闘だったため倒すことはできず、封印しただけなのだが。 しかしそれは天からの闖入者であり、鷲尾がガオの戦士であると言って戦う力―「ガオイエロー」に変身する力―を与えた巫女、テトムの言うことが事実であるという証明には、十分すぎる現実だった。 「逃げるわけにはいかないよな」 ぶっきらぼうな物言いから誤解されやすいが、鷲尾は強い正義感の持ち主である。世の平和を乱す存在、しかもただの警察官や自衛官では対処できない存在があり、今は自分だけがそれに対処することができるということを知ってしまったら、もう知らぬ振りなどできない。 金色の携帯電話、に見える変身のためのアイテム「Gフォン」を強く握りしめる。 「腹、くくるしかない、か」 小さく溜息をつき、鷲尾はベッドから起きあがった。 覚悟は決めても、『戦闘機乗りになる』という夢を捨てなければならないのは気が重い。 それでも、鷲尾は決めた。 ガオの戦士は相棒である精獣―パワーアニマルを持つのであるが、鷲尾のそれは鷲、ガオイーグルだ。相棒が戦闘機乗りの一つの憧れ、F15と同じ名前を持つのも何かの縁だと自分に言い聞かせ、自室から出ると広間に向かう。 「テトム、いるか」 声をかけても、返事がない。 「……どこ行ったんだ?」 ガオズロックの中をうろうろと歩き回って巫女の姿を探すが、何処にもいない。 ――他の戦士を探しにでも行ったか? 『ガオの戦士』とやらは、鷲尾以外にも何人かいるらしいが、まだ見つかってはいない。 「ふん……」 多分そうだろうと思いつつ、鷲尾は広間に何故かある泉に何気なく目をやる。 「………………………………」 目をこすってみる。 もう一度泉を、今度はしっかりと覗き込んでみる。 「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」 今度は鷲尾は絶叫した。 「なによぉ、うるさいわね!」 泉から光が飛び出し、それが白い長衣を纏った女性の姿となる。ガオの巫女であり、鷲尾をF4ごとかっさらった張本人、テトムだ。 「テ、テトム、これはなんだ!」 テトムが泉から現れたことに驚きながらも、鷲尾はくってかかった。 「これ?」 「俺の、髪! なにが、どーなってるんだ!」 叫ぶ鷲尾の髪は、見事な金色だった。 鷲尾岳24歳。生まれも育ちも立派な日本人である。三代さかのぼってもちゃきちゃきの日本人だ。日本人なのだから当然髪の色は黒だ。24年の人生で、坊主にしたことはあれ茶髪にすら染めたこともない。そんな自衛官は許されない。 それが、こうである。根本までばっちり金だ。 「あら、よく似合ってるわよ」 鷲尾の様子に驚くこともなく、けろりとした顔でテトムは言った。 「……何?」 「似合うかどうか心配だったんだけど、よかったぁ」 「お前か、お前がしたんだなっ!」 鷲尾はテトムに噛みつきそうな勢いで叫んだが、 「うん♪」 罪悪感の欠片もない、無邪気そのものの笑顔で、テトムは頷く。 「……どういうことだよ……」 その笑顔に、追求することの無意味さを突きつけられたような気分になりながらも、めげずに鷲尾は言葉を絞り出した。 「だって、一緒に戦う仲間だもの」 「はぁ……?」 「一緒に、戦ってくれるんでしょう?」 「あ、ああ……」 「だから、ゲン担ぎよ、ゲン担ぎ」 「はぁぁぁ?」 鷲尾は合点がいかない顔をする。テトムの説明―と言っていいのかわからないが―で合点がいけという方が無理があるが。 「仕方ないわねぇ」 ――何が仕方がないんだよ。 口に出す気力は尽きてきたらしい。 だがテトムはそんな鷲尾にはお構いなしに、なにやら昔話を話し始めた。 それは―テトムの記憶に間違いがなければ―今から200年余り前のことだ。 深い眠りについていたテトムは目を覚ました。 牙吠の巫女であるテトムの目が覚めるのは、オルグがこの世に復活したときのみだ。そして確かにオルグは復活していた。もっとも、強いオルグではあったが、ハイネスでもデュークでもない二本角に過ぎなかったのだが。 それでもオルグはオルグだ。放っておくことはできない。 テトムはオルグと戦う牙吠の戦士を捜した。しかし、本格的なオルグの活動ではなかった所為か、その時代では戦士は見つけられなかったのだ。 精獣達も目覚めてはいるものの、彼らの力は大きすぎ、二本角のオルグを捜したりするのにはあまり向いていない。 困り果てたテトムの前に現れたのは、一人の少女と、一人の青年だった。 長い艶やかな黒髪の少女は北の大地―今でいう北海道からやって来たという巫戦士であり、一羽の鷹を従えていた。 金の髪に青い目の青年は異国―今でいうアメリカからやって来て日本で忍となったと言い、一頭の犬を従えていた。 「なんだそりゃ。200年前って江戸時代だろ? 外国人がいる訳無いだろう?」 思わず鷲尾はつっこんだが、テトムはふるふると大きく首を振った。 「だっていたんだもんっ」 だから大人しく聞いてなさいっ、と鷲尾の鼻先に指を突きつける。 二人はテトムの話を聞くと、自ら協力を申し出てくれた。また、目覚めたばかりでこの時代に不慣れなテトムに、親身になっていろいろと手助けしてくれたのである。 異国人の青年など、自分の国の言葉で精獣達をなんと呼ぶかまで教えてくれた。 そして二人の力を借りてテトムはオルグを倒すことができたのであった。 「と、いうわけなの」 「と、いうわけ……って、さっぱわかんねぇぞ!」 「だぁかぁらぁ」 鷲尾の声の大きさに顔をしかめつつ、テトムは言った。 「あなたは、私がこの時代に目覚めて、初めて見つけたガオの戦士。 今回のオルグ達は強そうだから、ゲンを担いだのよ」 「……ゲンだとぉ?」 「200年前に目覚めたときに出会った忍者さんと同じ髪の色にすれば、あの時と同じようにうまくいくかもって思って」 えへっ、とテトムは笑って見せた。 「あの巫の子が連れてたのは鷹だったし、あなたはガオイーグルの戦士。 同じ鳥の戦士というのも、何かの縁だから、もう一つって思ったの」 「そ、そんな……」 わなわなわな、と鷲尾の肩が震える。 「そんなことで、俺の髪をこんな色にしたっていうのかっ!」 「そんなっことて……大事なことですよ」 ふっとテトムが真顔になる。 「今回のオルグ達との戦いは厳しいものであるという予感がします。 これから他のガオの戦士達も探していきますが、見つかるまではあなた一人で戦わなければなりません。 ですから少しでも支えになるものがあれば…たとえそれが些細なゲン担ぎであっても…と、私は思うのです。 私には戦う力はありません。だからせめて、大切な仲間が無事であるようにと……」 じっと鷲尾の目を見つめ、テトムは言う。その表情にも声にも鷲尾を心から案じる気持ちがあった。 それらがちくりちくりと鷲尾の良心を刺す。 ――言い過ぎた……か……? 「テトム………」 「でもホント、よく似合ってるわ。よかったぁ。ガオイーグルともお揃いだし♪」 表情を一転させ、にっこりとテトムは笑う。 「は……?」 「うん、こっちの方が絶対いいって。うんうん♪」 背伸びをして鷲尾の頭をなでる。明らかに、面白がっている。 似合ってる、とか、いい、とかいう言葉には嘘はなさそうだが、さっき確かにあった……ような気がする鷲尾を案じる色は、かけらもない。 「…………」 がっくりと、鷲尾はその場に座り込んだ。 「この髪、戻せないのかよ……」 「無理」 F15を思わせるマッハの速度で返事が跳ね返る。 「……おーまいがー……」 「ねーねー、そういえば、あなたの名前を聞いてなかったけど……」 その前にしゃがみ込んで、テトムは鷲尾の顔を覗き込み、「うきゅっ」、ってな擬音がつきそうな無邪気な仕草で小首を傾げる。 ――女ってわっかんねぇ…… 何が本当で何が嘘やら、いや、何も嘘はなさそうに思えるのが、謎である。 ――だが…… そう、だが、である。 テトムの何が本当にしろ、動かしようのない事実がある。 オルグと呼ばれるモノが世界を破壊と殺戮で埋め尽くそうとしていること。 自分にはそれに対抗する力があること。 その所為でF4ごとかっさらわれたこと。 更には髪が金に染められたこと。 脱力の彼方から、ふつふつと怒りがわき上がってくるのを、鷲尾は感じた。 立て続けに襲ってくる非日常な出来事―鷲尾としては「非常識」とまで言いたい出来事―に、脱力してしまったら、後は怒るぐらいしか人にはやることがない。 泣きわめく、とか、ふて寝するという選択しもないではないが、こんなことで泣くのは鷲尾の性格では無理であり、さっき起きたばかりで寝直すのも間抜けである。 現実逃避も鷲尾の性格からは使えない。 かくして。 「ねぇ、名前は?」 「あぁん?」 ぎろ、と鷲尾はテトムに、この「非日常」と「非常識」の象徴である巫女に、ガンを飛ばす。 「……う」 さしものテトムも、一瞬ひるみを見せる。 「イエローだ」 「え?」 「オルグの奴らを一匹残らずぶったおすまでは、俺は名前を捨ててやる! いいかテトム、俺のことはイエローと呼べ!」 ――こんな頭をしているのが俺だなんて、人に知られたくねぇっ! 腹の内で悲痛な叫びを上げる。『人に知られたくねぇ』、それが最後の未練といえば未練だろうが、『元』航空自衛隊鷲尾岳三等空尉が、ガオの戦士、ガオレンジャーとなることを心の底から踏ん切った瞬間であった。 ……これも一種の逃避かもしれない。 「わかったわ、イエローね♪」 テトムにそれが伝わったかどうかは、おそらく永遠の謎である。 |