ぼっ、ぼっ、とその感情が弾けたかの如く、小さな焔が火月の回りに一つ、二つと出現する。 ――ちっ、流石に隙がねぇな。 焔を従えながらも、ぎっ、と火月は奥歯を噛みしめる。 半蔵は背の忍刀に右手を掛け、体の前に伸ばした左手は軽く肘を上に曲げている。相手の出方を待つ、後の先を取る、構え。以前戦ったときと変わらない。 ――だが、やるしかねぇっ! 服部半蔵は強敵であることは確かだが、勝機の見えない相手では、ない。 「行くぜ…… 焦熱!!」 腕を突きだし、鉄砲を撃つように跳ね上げる。 ごっ! 速く熱い焔の塊が、半蔵に向けて、飛ぶ。 紅の巻布が薄闇の中、躍るように翻った。 翻ったそこに半蔵の姿はない、だが、 ――上だ! 迷わず火月は地を蹴った。流星のように焔が火月に従う。 僅かずつ濃さを増す夕闇の中に浮かび上がる、漆黒の装束と真紅の巻布の忍。その姿が、ふ、と一瞬宙で制止する。懐に半蔵が手を伸ばす。 「烈風、手裏剣!」 飛来する、十字の型の手裏剣。三つ。 「うらぁっ!」 後ろ腰から炎を纏った忍刀、朱雀を抜き放ち、火月は手裏剣を弾き返した。高い音と共に三つの手裏剣が黄昏の闇に乱雑に飛び散る。 「はぁっ!」 そのまま、火月は降下し始める半蔵に返す刀で斬りつけた。 が、その腕が、止まる。間近に一瞬、半蔵の顔を見る。その籠手をつけた右腕が、火月の一撃を受け止めている。籠手も、燻した銀の色だった。 同じ籠手をつけた半蔵の左腕が、伸びる。まだ甘い、垣間見えた鉢金の下の鳶色の目が、そう言った気がする。 襟元を掴まれたところまでは、火月は認識した。 「ふっ」 火月の視界が回る。耳元で風が唸る。 どん、と強く背を打ち付けられた衝撃に、火月の息が詰まった。 「……かっ、はっ……」 空中で半蔵に投げられたのだと理解するより前に、声が、火月の耳に届いた。 「爆炎龍!」 ――っ……ちぃぃっ…… 河原の石の上を転がり、地を跳ね襲い来る炎の龍から身を躱わす。転がった勢いを利用して立ち上がり、構えた火月の目前には、闇色の、影。 その腕が再び火月に伸びる。 考える暇はなかった。火月は腕を胸の前で交差し、叫ぶ。 「炎滅!」 同時に、火月の上半身が、火月に従う焔が、爆発した。 爆音が薄闇を震わし、散る炎が刹那、薄闇を裂く。残った火月の下半身は力無くくずおれ、そして、消える。 そこから僅か五歩離れたところに、片膝をついた半蔵の姿があった。今の爆発に巻かれたか、右腕の籠手で微かに煙が揺れている。 半蔵の目は、正面を見据えていた。揺らめき消えていく煙の中で構える人影――風間火月を。 火月もまた、半蔵を見据えていた。口元が微かに、歪む。火月自身は気づいていなかったが、それは喜悦の感情であった。 二人の忍の視線が、交わる。 半蔵が立ち上がる。巻布が、ゆらりと揺れる。 火月は朱雀を握りなおした。宝刀に宿る炎が火月の闘志に呼応してか、勢いを増す。 同時に、駆けた。 「はぁっ!」 「……っ!」 だん、と踏み込み半蔵が袈裟に刃を振るう。逆手に握った火月の朱雀が、ぎぃんと音を上げながら一撃を受け止め、弾く。その動きの流れのままに、肘打ちを半蔵の胸元に叩き込む。 半蔵の体が大きく後方に、飛んだ。 砂利を蹴って火月は半蔵を追う。半蔵の足が地を捕らえる。火月は体を低くした。半蔵が体勢を立て直すその一瞬を狙い、跳ねるように下段から切り上げる。轟、と一際大きく朱雀の炎が歓喜の声を上げて燃えさかる。 その瞬間、半蔵は再度、後方に飛んでいた。 「なっ……!?」 空しく火月の刃は空を切る。轟、と炎が今度は怒りの声を上げる。 その時になってようやく、火月は先の肘が浅かったことに気づいた。半蔵は肘打ちの衝撃に飛んだのではない。その勢いを殺すために、自ら飛び退ったのだ。 しかしもはや、遅かった。 刀を振りきり、無防備な様を晒す火月の襟元を半蔵の右手が掴んだ。ぐっと体を引き寄せ、左手が火月の右腕を掴む。 冷たい汗が、火月の背を伝った。以前戦ったときに、ここから先どうなったかは覚えている。 半蔵が地を蹴った。飛ぶ、高く。 ひう、と冷たさを増す大気が鳴いた。 「モズ落とし!」 ひう、と再び大気が鳴く。 先程とは比べものにもならぬ衝撃が、火月を襲った。 |