一夜明けた江戸の空は今日も青く澄み渡り、心地よい薫風が軽やかに吹き抜けていた。
 つつじの花は今日も伊賀町を飾り、多くの見物客が花に惹かれて町を訪れている。
 伊賀町に設けられた棚に今日は空白はなく、そこに置かれた見事なつつじの一鉢は、見物客の注目を集めていた。
 八重咲きのやや大振りの花弁は鮮やかな緋色で、花の央は、僅かに黒みを帯びている。
 そのつつじを、初に案内された半蔵と十兵衛もまた、見物していた。
「昨夜見ても見事であったが、日の下で見ると更に見事ですな」
 腕を組んでしげしげとつつじを眺め、柳生十兵衛はほう、と感嘆の声を上げた。
「ありがとうございます。柳生様にお褒めいただけたこと、父もきっと喜びましょう」
「お父上の具合は?」
「まだ起きあがることは出来ませんが、もう大丈夫です。自分についているより、柳生様と半蔵様の案内をするようにと強く言いつかって参りました」
「うむ、それはなにより」
「はい」
「嘉助は」
 つつじから初に目を向け、半蔵も問うた。
「養生がてら、父の暇つぶしの相手をしてくださっております」
「そうか」
 頷く半蔵の表情こそ、普段通りの感情が読みづらいものであったが、その気配は普段よりもやわらかいように、十兵衛には思えた。
――配下の無事を安堵したか、花の所為か、今日の好天の所為か……
 興味深く思いながら、十兵衛はまた一つ、初に問う。
「そういえば、このつつじに名はあるのかな?」
「はい、ございます。
 ……『ほむら』、と父は申しておりました」
 答える初の目が、控えめに半蔵へと向けられる。
 伊賀町の者達は知っている。いまの『服部半蔵』が、卓越した火術の使い手であることを。
「『ほむら』と。ほう……」
 初の視線を追い、十兵衛もまた視線を半蔵へと向けた。口元に、笑みを含んで。
 知らぬ振りで半蔵は天を見上げる。
 空には一片の雲も無く、澄み渡るその青は、昨日よりも夏に近づいた分、昨日よりも濃い。
「良い天気だ。
 つつじの緋が、良く映える」
「……まこと」
 素直に半蔵の言葉に頷くと、十兵衛も天を仰いだ。口元の笑みは、残したまま。

終幕

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