四 夢月


「蒼月兄さん、火月兄さん」
 緑がかった色の髪と、くりくりと動く大きな瞳を持った娘、大切な妹はそう言って笑んだ。
「なんだ?」
「……」
 火月は声で、蒼月は視線で答える。
「二人とも、だーいすき、よ」
 二人の間にひょい、と潜り込んで、妹は二人を見上げた。
「…どうしました」
 普段から甘えん坊ではあったが、こんな風に甘えてくるのは珍しい。
「なんかあったのか」
 ふと不安になる。
「ううん。何も」
 そう言うものの、寂しそうな表情が妹の顔に浮かんだ。
「ずっとずっと、一緒だよね。火月兄さんも、蒼月兄さんも、ずっとずっと、一緒だよね」
 大きな目に、涙がにじむ。
 まるで何かを予感したように。
「あったりまえだろ」
 火月は妹の頭に、そっと手を置いた。
「ずっと…一緒ですよ」
 蒼月は優しく、言う。
 兄達の手と言葉とに、妹は太陽のような暖かな笑みを浮かべた。

 ふうっと、その姿が、笑みが、かき消える。

「葉月……?」
 答えは、ない。
「葉月、おい、葉月、葉月、どこだ、葉月っ!」

「葉月は…もう、いませんよ」
 兄は僅かも表情を変えず、短くそう言い放った。
「いないって、どういうことだよ!」
「葉月のことは…忘れなさい」
 何かを知っているのだろうか、そんな考えがちらりと浮かぶほど、兄の言葉は冷静だった。
「忘れろって、何を言うんだ兄貴!? 葉月は俺達の妹だぞ! 妹を捨てろっていうのか!?」
 自分と同じように、いや、自分よりもずっと妹のことを想っていたと信じていた兄が、妹を見捨てるなどと思えなかった。
「諦め…なさい」
 しかし火月の剣幕にも兄の表情は変わらず、冷たい言葉一つが戻るだけだった。
「兄貴の馬鹿野郎!」
 火月の怒声に、僅かに蒼月は目を細くした。

「掟なのですよ…火月」
 探しに行くと言ってきかない弟に、蒼月は諭すように言った。
「そんなもん関係ねぇっ! 俺は葉月を助け出す!」
 怒りと不安、そして深い想いに揺れる弟に、その言葉は届かないと知っていたけれども。
「掟を破る…というのですか」
 何人も、長の許し無しに里を出てはならない。
「掟がなんだ、葉月の方がよほど大切だ!」
 迷いなく、心のままに、ただ妹を想う心のままに、弟は叫ぶ。
「火月」
 荒げるでもない、静かな蒼月の声に、弟は僅かに怯んだ表情を浮かべたが、それでも、
「俺は、俺は、葉月を救い出してみせる!」
 蒼月が口を開くより早く弟は、飛び出していった。

「蒼月兄貴…」
 眠ったまま、小さく、火月は呟く。

『…葉月…』

「火月…」
 闇の中で一人、蒼月は呟いた。

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