「がぁぁぁっ!」 叫びを上げ、火月はまた、地に叩きつけられた。 「くっそう……」 体のあちこちに傷を負い、そこから血を流し、しかしそれでも、火月の闘志は衰えていない。 朱雀を包む炎もまた、まるで火勢を衰えさせていない。 「ナゼダ」 その体にいくつかの傷を負いながらも、最初に出現したときと変わらぬ様子で、道真の怨霊は火月を見つめる。 「何がだよ」 口の端から流れ出る血を、ぐいと拭う。 「ナゼ、向カッテ来ル。カナワヌガ、ワカラヌノカ」 ただ違うのは、憎悪と悲しみしかなかったその目に、困惑の色が浮かんでいること。 「てめぇを倒さねぇと、葉月を取り戻せねぇじゃないか」 目に見えない力で五度ふっとばされ、全身がずきずきする。致命的な傷は受けていないが、これが続くと、体がいかれてしまう。 ――その前に、ケリつけなきゃな…… 目の前、怨霊の向こうに葉月が見える。火月が救い出さなければならない、かけがえのない妹の姿が。だが救うためには、助けるためには、この怨霊をなんとしても倒さなければならない。 負けられない。 「聞きたいことはそれだけかよ。俺は急ぎでね。さっさと倒させてもらうぜ」 「………それだけ、この娘が大切なのか」 「あん?」 怨霊の声の調子が変わったような気がして、火月は眉をひそめた。 「これほどこの娘は想われているのか」 道真は、顔を伏せていた。 「妹だからな。妹を、家族を想うのは当然だっ!」 「忍らしくない台詞だな」 酒臭い息を吐き、『といち』は蒼月を見上げる。 その声が聞こえているのかいないのか、感情を制御しきった目で、蒼月はじっと火月を、そして『雛』を見つめていた。 「我ヲ想ウ者ハ、イナカッタ」 怨霊の声も顔も、また憎しみに満ちる。 道真の怨霊は笏を持った手を、真横に伸ばした。 しゅんっ 空をうならせ、笏は一振りの剣に姿を変える。 それと同時に、怨霊の身の傷がみるみるふさがっていく。 「貴様を片付ケ、我は忌マワシキ封ヨリ放タレル」 天頂で輝く月の光を凝縮したような冷たい光を、怨霊の手にした剣の刃は宿している。 「とっときかよ。ならこっちも、とっときを見せてやるぜ!」 かちん。 「刀ヲ収メテドウスル気ダ」 「忍はなぁ、刀だけで戦うんじゃねぇんだよ。 そいつを見せてやるぜ!」 両拳を握りしめ、両腕を軽く広げる。 「はぁっ!!」 「…火月!」 呼吸に紛れるほどに低く掠れた、しかし鋭い声。 ――……ふうん…… 宝刀『朱雀』を包む真紅の炎が勢いを増し、音を上げて火月の身に纏う。 「行くぜ!」 「死ヌガヨイ」 真正面、大上段に剣を構える。 「暴爆・火炎撃!」 業火に包まれ、いや業火と化した火月が、疾る。 風が唸りを上げ、業火はその勢いを増していく。 「愚カナ」 怨霊の剣が駆ける火月に振り下ろされる。 「へへっ」 会心の笑みが火月の顔に浮かんだ。 と……んっ 剣が振り下ろされた瞬間、宙に飛ぶ。 「何度も何度も何度も何度も何度もふっとばされてたのは伊達じゃねぇぞぉっ!」 怨霊の目の前に着地すると同時に踏み込み、 「食らいやがれぇっ!」 「グワアアアッ!!」 炎に包まれた火月の拳が怨霊にたたき込まれる。同時に怨霊は燃え盛る業火に包まれ、吹き飛ばされた。 「オノレ…オノレェェェェェェッ!」 ぞっとするような声を上げ、道真の怨霊は炎に消えた。 「やった…のか?」 気抜けたように呟き、がっくりと火月は膝をつく。 荒い呼吸を繰り返しながら、気配を探る。 さっきまでの戦いの気配が嘘のように、まわりは、しん、と静まり返っている。ただ、火月の繰り返す呼吸の音だけが、空気を震わせていた。 怨霊の気配は…ない。 ほおっ、と大きな息を吐く。 「手間どらせ、やがって……」 ふらつく足を踏みしめて立ち上がると、火月はゆっくりと妹の側に歩み寄った。 葉月はまだ、妖しい光に包まれて宙づりになっている。それでもどこか、妹が嬉しそうに微笑んでいるように、火月には思えた。 やっと、やっ…と、取り戻せる。 安堵と満足で胸がいっぱいになる。 「葉月…いま、助けてやっから……」 両腕を、ゆっくりと、伸ばす。 |